セキュリティ専門家が警告する「AIに入力してはいけない5つの情報」というテーマを皮切りに、生成AI活用におけるデータ漏洩リスクと対策を解説します。経営層と現場の間にある危機感のギャップを埋め、日本の法規制や商習慣に適した現実的なガバナンス体制をどう構築すべきか、実務的視点で紐解きます。
利便性の裏に潜む「データ漏洩」と「権利侵害」のリスク
米国メディアQuartzの記事『5 things to avoid asking AI, according to security experts』では、セキュリティ専門家の視点から、AIチャットボットやAIエージェントに対する不用意な入力がもたらすリスクについて警鐘を鳴らしています。記事によれば、一般消費者よりも経営幹部(C-suite)の方が、AIエージェントによる脅威に対して慎重な姿勢を見せているとのことです。これは、企業における責任の重さと、ひとたび事故が起きた際の影響範囲の大きさを反映しています。
生成AI、特にChatGPTやClaudeなどの大規模言語モデル(LLM)を利用する際、最も懸念されるのは「入力データの学習利用」と「意図しない情報流出」です。多くのパブリックなAIサービスでは、デフォルト設定でユーザーの入力データがモデルの再学習(トレーニング)に利用される規約となっている場合があり、企業の機密情報が将来的に他社への回答として出力されてしまうリスクがゼロではありません。
専門家が警告する「入力してはいけない」情報の類型
セキュリティの観点から、一般的にAIへの入力が推奨されない、あるいは厳格に管理すべき情報として以下の5つのカテゴリが挙げられます。
- 個人情報(PII):顧客の氏名、住所、電話番号、マイナンバーなど。日本では個人情報保護法の観点から、本人の同意なく第三者(AIベンダー)へ提供すること自体がコンプライアンス違反となる可能性があります。
- 認証情報・セキュリティ関連情報:パスワード、APIキー、暗号化鍵、サーバーのIPアドレス構成など。これらが流出することは、システム全体への不正アクセスを許すことと同義です。
- 未公開の財務情報・インサイダー情報:決算発表前の数値やM&Aの検討情報など。上場企業においては、インサイダー取引規制や公正開示規則(フェア・ディスクロージャー・ルール)に抵触する恐れがあります。
- 営業秘密・独自ノウハウ:独自の製造プロセス、未発表の新製品仕様、極秘のマーケティング戦略など。
- プロプライエタリなソースコード:自社開発の核心部分となるプログラムコード。過去には大手企業が社内コードをAIに入力し、問題となった事例も存在します。
日本の法規制と「営業秘密」の管理
日本企業が特に注意すべきなのは、「不正競争防止法」における「営業秘密」の扱いです。法的に営業秘密として保護されるためには、「秘密管理性(秘密として管理されていること)」が要件の一つとなります。もし、従業員がパブリックな生成AI(学習オプトアウトをしていない環境)に社外秘情報を入力してしまった場合、「誰でもアクセス可能な状態に置いた」とみなされ、秘密管理性が否定されるリスクがあります。これは、万が一情報が漏洩したり盗用されたりした際に、法的保護を受けられなくなることを意味します。
また、日本企業特有の「稟議」や「根回し」の文化において、作成中の議事録や戦略資料を安易にAIに要約させるケースも散見されますが、これらは「コンテキスト(文脈)」を含む機密情報の塊であることを認識する必要があります。
「禁止」ではなく「安全な環境」の提供を
リスクを恐れるあまり「生成AIの全面禁止」を掲げる企業もありますが、これは実務的には逆効果になりかねません。業務効率化を求める従業員が、会社の許可を得ずに個人のスマートフォンやPCでAIを利用する「シャドーAI(Shadow AI)」の問題を引き起こすからです。
現実的な解は、以下の3点に集約されます。
- エンタープライズ版の導入:入力データが学習に利用されない(ゼロデータリテンション等の)契約を結べる法人向けプランを導入し、安全な「サンドボックス(砂場)」を従業員に提供する。
- DLP(Data Loss Prevention)の適用:機密情報のパターン(クレジットカード番号や「社外秘」の文字列など)が含まれるプロンプト入力を自動的にブロックまたは警告するツールの導入。
- リテラシー教育の徹底:「何がリスクか」を具体的に示したガイドラインを策定し、定期的に周知する。
日本企業のAI活用への示唆
Quartzの記事が示唆する経営層の懸念を、現場の具体的なアクションプランに落とし込むためには、以下の視点が重要です。
- 「入力データ」の格付けを行う:全ての情報を一律に扱うのではなく、情報の機密性レベル(Level 1〜3など)を定義し、「レベル3(極秘)はAI入力禁止、レベル2(社内限)はオプトアウト環境のみ可」といった明確なルールを設けること。
- 「性悪説」に基づいたシステム設計:AIエージェントが自律的にタスクをこなす時代(Agentic AI)を見据え、AIが誤った判断や情報漏洩を行う前提で、人間による承認プロセス(Human-in-the-loop)を必ず挟むフローを構築すること。
- ガバナンスとイノベーションのバランス:セキュリティ部門がブレーキを踏むだけでなく、どうすれば安全にアクセルを踏めるか(例:PIIの自動マスキング技術の導入など)を技術的に支援する体制を作ること。
