生成AIブームの裏で、本来あるべきAI活用の本質が見落とされていませんか。あるサイクリストがAIを使ってパフォーマンスを向上させた事例は、AIの価値が「新しいものを生み出すこと」だけではなく、「現状のデータを正しく解釈し、意思決定を支えること」にあると示唆しています。日本企業の実務に即したAI活用の視点を解説します。
生成AI全盛の今、あえて「分析」に注目する
昨今のAIトレンドは、ChatGPTに代表される「生成AI(Generative AI)」一色と言っても過言ではありません。文章の作成、コードの記述、画像の生成など、目に見えるアウトプットの派手さに目が奪われがちです。
しかし、米国のアウトドアメディア『Velo』に掲載された記事「I Used AI to Get Faster on a Bike — But It Never Wrote a Single Workout」は、ビジネスパーソンにとって重要な視点を提供しています。著者は、自身の自転車トレーニングにAIを導入しましたが、AIに「トレーニングメニューを作成(生成)」させたわけではありません。AIが行ったのは、心拍数やパワー出力、疲労度といった膨大なデータを「分析」し、著者がオーバートレーニング(燃え尽き)に陥らないよう、適切な休息や負荷の調整を提案することでした。
ここには、日本企業がAI導入を検討する際に見落としがちな、「分析型AI(Analytical AI)」の堅実な価値が示されています。
「攻め」の生成と、「守り」の分析
ビジネスの現場に置き換えてみましょう。生成AIが「新しい企画書の作成」や「顧客メールの代筆」といった「攻め」のアウトプットを担うとすれば、分析型AIは「既存データの精査」や「リスク検知」といった「守り」兼「司令塔」の役割を果たします。
記事の著者が直面していた課題は「頑張りすぎによる燃え尽き」でした。これは企業組織における「過重労働による従業員の離職」や「無理な生産計画による品質低下」、「設備の予期せぬ故障」と酷似しています。
日本企業、特に製造業や物流、インフラ業界においては、すでに現場に膨大なセンサーデータやログデータが存在しています。これらのデータをAIに「何か新しいものを作らせる」ために使うのではなく、「現在の状態が健全か」「どこに無理が生じているか」を可視化するために使う。これこそが、地に足のついたDX(デジタルトランスフォーメーション)の第一歩です。
意思決定の主体はあくまで「人」
興味深いのは、AIがあくまで「データに基づく示唆」を提供し、最終的なトレーニング内容の決定権は人間(著者)に残されていた点です。
日本の組織文化において、AIがいきなり「明日からこの経営方針に変えてください」と指示を出しても、現場は混乱するだけでしょう。しかし、「過去の販売データと現在の市況トレンドから、来月の在庫リスクが高まっています」というアラートであれば、熟練の担当者がそれを判断材料として活用できます。
AIを「ブラックボックス化した全自動マシン」としてではなく、「優秀な分析官(参謀)」としてチームに加える考え方は、合意形成を重視する日本企業の風土に馴染みやすく、摩擦の少ない導入アプローチと言えます。
データ品質という現実的な壁
ただし、この事例が成功したのは、著者がサイクルコンピューターやウェアラブルデバイスを通じて、信頼性の高いデータを継続的に収集できていたからです。
多くの日本企業でAIプロジェクトがPoC(概念実証)止まりになる最大の原因は、ここにあります。紙帳票の多用、部門ごとに分断されたシステム、不揃いなデータ形式など、AIに食べさせるデータの品質が担保されていないのです。自転車の例で言えば、速度計が壊れた状態でAIコーチを雇うようなものです。
「AIで何か凄いことをしたい」と考える前に、「AIが分析できるだけの整ったデータがあるか」を問う必要があります。地味なデータ整備(データガバナンス)こそが、AI活用の成否を分けます。
日本企業のAI活用への示唆
自転車トレーニングの事例から、日本企業のAI戦略に生かせるポイントは以下の3点に集約されます。
1. 生成AIだけでなく「予測・分析AI」への再評価
新規事業やコンテンツ制作だけでなく、予知保全、需要予測、不正検知、従業員の健康管理など、既存業務の効率化とリスク低減において、分析型AIは極めて高いROI(投資対効果)を発揮します。流行に流されず、自社の課題解決に最適な手法を選定すべきです。
2. 「Human-in-the-loop(人間参加型)」のプロセス設計
AIに全権を委ねるのではなく、AIがデータに基づく客観的な判断材料を提供し、人間が最終決定を行うプロセスを構築してください。これにより、AIの「幻覚(ハルシネーション)」リスクを管理しつつ、現場の納得感を醸成できます。
3. データ基盤の整備が全ての前提
高精度な分析には、高精度なデータが不可欠です。AI導入と並行して、レガシーシステムの刷新やデータ標準化といった、足元のデジタル化を推進することが、遠回りのようで最も確実な近道となります。
