2025年、米国リッチモンド市長がChatGPTを「自身の文体(トーン&マナー)の再現」に活用していることが話題となりました。リーダーが自身の発信にAIを用いることは、業務効率化の観点で合理的である一方、「真正性(Authenticity)」やセキュリティの観点で議論を呼びます。本記事では、この事例を端緒に、経営層やリーダーが生成AIを「壁打ち相手」や「ゴーストライター」として活用する際の実務的なポイントと、日本企業が留意すべきリスクについて解説します。
「私らしく書き直して」:リーダーの意思決定とAIの役割
米国バージニア州リッチモンドのダニー・アヴラ市長が、2025年の業務においてChatGPTを活用し、「この文章をもっと私(ダニー・アヴラ)らしく聞こえるようにしてくれ(Make this sound more like Danny Avula)」と指示を出していたという報道は、生成AIの活用が「単なる事務処理」から「個人の人格やブランドの表現」へと深化していることを示唆しています。
これまで、行政や企業のリーダーによる文書作成は、秘書や広報担当者が下書きを行い、本人が最終確認をするというプロセスが一般的でした。生成AIはこの「下書き」のプロセスを高速化するだけでなく、過去の発言データや文体を学習させることで、個人の思考や話し方の癖まで模倣可能なレベルに達しています。これは多忙な意思決定者にとって強力な武器となる一方で、組織としては新たなガバナンス課題を突きつけられることになります。
スタイル・ミミック(文体模倣)の技術とビジネス活用
技術的な観点から見れば、特定個人の文体を再現することは、大規模言語モデル(LLM)にとって得意分野の一つです。プロンプトエンジニアリングにおける「Few-shot学習(いくつかの例文を与える手法)」や、RAG(検索拡張生成)を用いて過去のメールやスピーチ原稿を参照させることで、AIはその人物特有の語彙選択、言い回し、温度感を高精度に再現できます。
日本企業においても、例えば以下のようなシーンでの活用が現実的になりつつあります。
- CEOメッセージの作成: 社内報や決算発表におけるトップメッセージの素案作成。
- 日報・報告書のトーン統一: 組織として推奨される言葉遣いやフォーマットへの自動修正。
- 顧客対応の均質化: ベテラン社員の丁寧かつ親身な回答スタイルを学習させ、若手社員のメール作成を支援する。
しかし、ここで重要となるのは「どこまでをAIに任せるか」という線引きです。
「真正性」と「責任」の所在
市長のような公職者、あるいは企業の経営者がAIを使う際、最大のリスクとなるのが「真正性(Authenticity)」の欠如です。特に日本では、謝罪会見や重要な経営方針の発表において、言葉の重みや「行間」にある誠意が重視されます。AIが生成した美しく整った文章は、時として「心がこもっていない」「よそよそしい」という印象を与えかねません。
また、AIが生成した内容に事実誤認や不適切な表現が含まれていた場合、最終的な責任は誰が負うのかという問題もあります。「AIが書いたから」という言い訳は、ステークホルダーには通用しません。AIはあくまで「草案作成者」であり、最終的な「編集長(Editor-in-Chief)」は人間でなければならないという原則を、組織全体で共有する必要があります。
セキュリティとガバナンスの壁
実務的な側面では、セキュリティへの配慮が不可欠です。市長がChatGPTに指示を出す際、未公開の政策情報や市民の個人情報を入力していれば、それは重大なコンプライアンス違反となります。
日本企業が同様のアプローチを取る場合、以下の対策が必須となります。
- 入力データの制御: パブリックなAIサービスに機密情報を入力しないよう、フィルタリング機能を導入するか、エンタープライズ版(入力データが学習に使われない契約)を利用する。
- オンプレミス/プライベートLLMの検討: 金融機関や重要インフラ企業など、極めて機密性の高い情報を扱う場合は、外部にデータを出さない環境でのLLM構築を検討する。
日本企業のAI活用への示唆
今回の米国市長の事例は、AIが単なるツールを超え、リーダーの「分身」として機能し始めていることを示しています。日本企業がこれを活用する際のポイントを整理します。
- 「人肌感」の最終調整は人間が担う: AIによる文体模倣は効率的ですが、日本の商習慣における「空気感」や「礼節」の機微は、最終的に人間が判断・修正する必要があります。AI出力をそのまま対外発信することのリスクを認識してください。
- リーダー層へのガイドライン策定: 現場だけでなく、役員や部門長クラスがAIをどう使うべきか(個人的なアカウント利用の禁止、機密情報の取り扱いなど)のガイドラインを明確に定める必要があります。トップダウンでの誤った利用は、組織全体のリスク管理を崩壊させる可能性があります。
- 「壁打ち」としての価値を重視する: 文章を丸投げするのではなく、「自分の考えを整理するための対話相手」としてAIを活用する文化を醸成することが、健全なAI活用への近道です。
