21 1月 2026, 水

「AIの熱狂」の裏で忘れ去られる経営の基本──PwC調査から読み解く、日本企業が直面する課題と打開策

世界のCEOの多くがAI導入を急ぐあまり、ビジネスの「基本」を見失っているという指摘がなされています。ダボス会議(世界経済フォーラム)に合わせて発表されたPwCのグローバル調査結果をもとに、AIブームが一巡し実用段階に入った今こそ、日本企業が立ち返るべき戦略、データ基盤、そしてガバナンスについて解説します。

AI導入の加速と「置き去りにされた基本」

PwC(プライスウォーターハウスクーパース)が発表した第29回世界CEO意識調査において、グローバル会長が発した「多くのリーダーが基本を忘れている」というメッセージは、現在のAIブームに対する冷静な警鐘といえます。生成AI(Generative AI)や大規模言語モデル(LLM)の登場以降、世界中の企業が競争優位性を求めてAI活用を急ぎました。しかし、その過程でビジネスの本質的な価値創出や、それを支える組織体制・データ基盤の整備といった「基本動作」がおろそかになっている現状が浮き彫りになっています。

調査によると、過半数の企業が依然としてAIによる本質的な変革の途上にあります。これは日本企業にとっても対岸の火事ではありません。多くの国内企業が「他社がやっているから」という理由でPoC(概念実証)を繰り返すものの、実業務への組み込みやROI(投資対効果)の算出で足踏みをしている現状と重なります。

日本企業が直面する「アナログとデジタルの狭間」

「基本を忘れている」という指摘を日本の文脈で捉え直すと、それは「DX(デジタルトランスフォーメーション)の未完了」を指していることが多いと言えます。AIはあくまでデータを処理・生成するエンジンですが、その燃料となるデータが整備されていなければ機能しません。

日本企業では、依然として業務プロセスが属人的であり、紙書類やPDF、あるいは整理されていないExcelファイルに情報が散在しているケースが多々あります。この状態で最新のLLMを導入しても、RAG(検索拡張生成:社内データを参照して回答させる技術)の精度は上がらず、「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスクを高めるだけです。「AIを入れる前に、業務フローを整理し、データを構造化する」という地道な作業こそが、今求められている「基本」です。

ガバナンスと組織文化:守りと攻めのバランス

また、日本特有の商習慣や組織文化における「基本」への回帰も重要です。日本企業は伝統的にリスク回避志向が強く、AI導入においても「情報漏洩」や「著作権侵害」への懸念が先行しがちです。

しかし、リスクを恐れて全面禁止にするのは、長期的な競争力を削ぐことになります。重要なのは、AIガバナンスを「ブレーキ」としてではなく、「安全にスピードを出すためのガードレール」として機能させることです。具体的には、以下のような取り組みが挙げられます。

  • ガイドラインの策定:禁止事項を並べるだけでなく、具体的なユースケース(議事録作成、コード生成、マーケティング文案作成など)ごとの推奨プロンプトや注意点を提示する。
  • Human-in-the-Loop(人間参加型)の徹底:AIの出力をそのまま顧客に出すのではなく、必ず人間が最終確認を行うプロセスを業務フローに組み込む。
  • 法的リスクの継続的なモニタリング:改正著作権法や、EUのAI法(AI Act)など、国内外の規制動向を法務部門と連携して追跡する。

日本企業のAI活用への示唆

PwCの調査結果と日本の現状を踏まえると、今後のAI活用において意思決定者が意識すべき点は以下の通りです。

1. 目的と手段の再定義

「AIを使って何をするか」ではなく、「どの経営課題を解決するためにAIが必要か」という原点に立ち返ってください。人手不足の解消、技能継承、新規事業の創出など、目的が明確であれば、必要な技術スペックやコスト感も自ずと定まります。

2. 「急がば回れ」のデータ整備

魔法のようなAIツールを探す前に、社内のデータ資産を見直してください。独自データこそが、汎用的なLLMを使用した際の差別化要因となります。MLOps(機械学習基盤の運用)の観点からも、データの品質管理はAIシステムの寿命を左右します。

3. 従業員のエンパワーメントとリスキリング

AIは従業員を代替するものではなく、能力を拡張するツールです。日本的な雇用慣行(長期雇用)を活かし、配置転換やリスキリング(再教育)を通じて、AIを使いこなせる人材を社内で育成することが、結果として組織全体の生産性を底上げします。

AIの技術進化は速いですが、それを使いこなすのは人間であり、組織です。技術の目新しさに惑わされず、ビジネスの「基本」を固めた企業こそが、AIの真の恩恵を受けることができるでしょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です