21 1月 2026, 水

生成AIによる法的文書作成の是非:米国の「遺言書」事例から見る、日本企業が意識すべきリーガルリスクと活用法

米国では「ChatGPTで作成した遺言書は法的に有効か」という議論が注目を集めています。生成AIの高度な言語能力は法務領域での活用が期待されていますが、そこには正確性や厳格な法的手続きといった高いハードルが存在します。本稿では、この事例を端緒に、日本企業が契約書作成やコンプライアンス業務でAIを活用する際の可能性と、日本の法規制や商習慣を踏まえた留意点について解説します。

生成AIは「もっともらしい」法的文書を作成できるか

米国メディアTheStreetの記事では、ChatGPTを用いて作成された遺言書の法的有効性について専門家の見解を取り上げています。結論から言えば、現在の生成AIは遺言書や契約書のような法的な文書の「ドラフト(草案)」を作成する能力は十分に持っています。しかし、それが法的な効力を持つ文書として成立するかどうかは全く別の問題です。

大規模言語モデル(LLM)は、膨大なテキストデータから学習しており、法律用語や文書の構造を模倣することに長けています。そのため、一見するとプロが書いたかのような整った条文を出力することが可能です。しかし、記事でも指摘されている通り、法的な文書には「明確性(Ambiguityの排除)」や、管轄地域の法律に準拠した正しい「執行手続き(Execution)」が不可欠です。AIは文面を作ることはできても、その内容が特定の個人の意図や最新の判例、そして地域ごとの法的手続きに合致しているかを保証することはできません。

日本の法制度におけるハードル:形式主義と弁護士法

この議論を日本国内に置き換えた場合、より明確な法的ハードルが存在します。例えば、日本の民法における「自筆証書遺言」は、その名の通り全文を自筆で書くことが要件とされています(財産目録など一部を除く)。したがって、どれほどChatGPTが完璧な遺言書を出力し、それをプリンターで印刷して署名捺印したとしても、形式不備として無効になるリスクが極めて高いのが現状です。

また、企業実務においては「弁護士法72条(非弁行為の禁止)」への配慮も必要です。AI自体が法的な判断を下したり、具体的な法的紛争に対して鑑定を行ったりするようなサービスを提供・利用することは、現行法との兼ね合いで慎重な議論が求められます。日本企業がAIを法務に導入する場合、AIはあくまで「支援ツール」であり、最終的な判断主体は人間(有資格者)であるという建付けを崩さないことが重要です。

企業実務への応用:契約書レビューとハルシネーションのリスク

個人の遺言書とは異なり、企業の契約書作成やレビュー業務においては、AIの活用余地は大きく広がっています。すでに日本のリーガルテック市場では、NDA(秘密保持契約書)や業務委託契約書のチェックをAIが支援するサービスが普及し始めています。これらは、過去の膨大な契約データをもとに「自社に不利な条項がないか」「抜け漏れがないか」を指摘するもので、法務担当者の業務効率化に大きく寄与しています。

しかし、ここで注意すべきはLLM特有の「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスクです。汎用的なChatGPTなどをそのまま利用して契約書の修正案を作らせた場合、存在しない法律や判例を根拠に条文を作成してしまう可能性があります。実務においては、汎用AIに全てを任せるのではなく、日本の法令データでファインチューニング(追加学習)された専門特化型のモデルを利用するか、あるいは生成された内容を必ず法務担当者や弁護士がダブルチェックするプロセス(Human-in-the-Loop)を組み込むことが必須となります。

日本企業のAI活用への示唆

米国の遺言書の事例は、AIの能力と限界を理解する上で優れた教訓を含んでいます。日本企業が法務やコンプライアンス領域でAIを活用する際は、以下の3点を指針とすべきでしょう。

  • 「作成」ではなく「支援」と定義する:
    AIに法的判断や最終文書の完成を委ねるのではなく、ドラフト作成やリスク箇所の洗い出しといった「人間の判断をサポートするツール」として位置づけることで、法的リスクと品質リスクをコントロールできます。
  • 国内法への適合性を確認する:
    日本の商習慣や民法、業法(弁護士法など)は諸外国と異なります。グローバルなAIモデルをそのまま適用するのではなく、日本の法体系に即したプロンプトエンジニアリングや、国内ベンダーのリーガルテック活用を検討してください。
  • データガバナンスの徹底:
    契約書や遺言のような文書には、極めて機密性の高い個人情報や企業秘密が含まれます。パブリックなAIモデルに安易に機密情報を入力しないよう、オプトアウト設定(学習データへの不使用)やエンタープライズ版の利用といったガバナンス体制の構築が不可欠です。

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