エンジニアやハッカーが集うコミュニティ「Hacker News」にて、COBOL開発現場におけるAIの影響を問う議論が注目を集めています。多くの日本企業が抱えるレガシーシステムの刷新や保守において、生成AIは救世主となり得るのか。グローバルの議論と技術的な現実を踏まえ、日本企業がとるべき実務的なアプローチを解説します。
Hacker Newsでの議論:AIは「魔法の杖」ではない
Hacker Newsで提起された「COBOL開発者はAIコーディングの影響をどう受けているか?」という問いは、多くのエンジニアの関心を引きました。興味深いのは、議論が単に「AIでCOBOLが書けるか」にとどまらず、PythonやGoといったモダンな言語であっても、AIの出力品質にはばらつきがあるという点に及んでいることです。
特に議論の中で指摘されているのは、「専門知識を持たない非開発者が、AIを使ってなんとなく動くものを作れてしまう」という現状です。これは一見、生産性向上の好例に見えますが、エンタープライズの現場、特に金融やインフラを支える基幹システムにおいては、重大なリスク(技術的負債の隠蔽やセキュリティホール)を孕んでいます。
日本特有の課題:「2025年の崖」とレガシー資産
日本国内に目を向けると、経済産業省が警鐘を鳴らす「2025年の崖」問題が喫緊の課題となっています。多くの日本企業、特に金融機関や製造業、行政システムには、数十年前に構築されたCOBOLベースのメインフレームが現役で稼働しています。
これらのシステムは、長年の改修によるブラックボックス化と、当時を知るベテランエンジニアの退職という二重苦に直面しています。ここで「生成AIにコードを解析させ、JavaやGoに書き換えさせればよい」という安易な期待が持たれがちですが、実務的にはそう単純ではありません。
LLM(大規模言語モデル)は、インターネット上の膨大なコードを学習していますが、PythonやJavaScriptに比べ、COBOLの高品質な公開コードは圧倒的に少数です。そのため、AIによるCOBOLの生成や変換は、モダン言語に比べて精度が落ちる傾向にあり、幻覚(ハルシネーション)のリスクも高まります。
「生成」よりも「理解」への活用:現実的なアプローチ
では、日本企業はAIをどう活用すべきでしょうか。最も効果的かつリスクの低いアプローチは、AIを「コード生成」ではなく「コード理解(Documentation & Analysis)」に活用することです。
複雑怪奇になったスパゲッティコードをAIに読み込ませ、「このプログラムがどのようなビジネスロジックを実行しているか」を自然言語で解説させる。あるいは、仕様書が存在しないレガシーコードからドキュメントを逆生成させる。こうしたタスクにおいて、現在のLLMは非常に高いパフォーマンスを発揮します。
これにより、若手エンジニアがレガシーシステムの内容を素早く把握し、保守やマイグレーションの計画を立てる際の補助とすることが、現時点での最適解と言えます。
ガバナンスと「Human in the Loop」の徹底
Hacker Newsの議論にもあったように、AIは「なんとなく動くコード」を出力するのが得意です。しかし、日本の商習慣において求められる「止まらないシステム」「1円の誤差も許されない計算」において、AI任せのコードを本番環境に投入するのは無謀です。
AIコーディングアシスタント(GitHub CopilotやCursorなど)を導入する場合でも、最終的なコードレビューは必ず人間が行う体制が不可欠です。特に、AIが生成したコードの著作権やセキュリティ(学習データへの混入リスクなど)に関する社内ガイドラインを策定し、開発者が安心して使えるガードレールを設けることが、マネジメント層の責務となります。
日本企業のAI活用への示唆
グローバルの議論と日本の現状を踏まえ、以下の3点を提言します。
- 「書かせる」より「読ませる」から始める:
レガシーシステムの刷新において、いきなりAIにコードを書き換えさせるのではなく、仕様の解析やドキュメント生成など「システムの可視化」にAIを活用し、ブラックボックスを解消する手助けとして利用するのが現実的です。 - スキルの二極化への対策:
AIは熟練エンジニアの効率を飛躍的に高める一方、初学者が「分かった気になってしまう」リスクも生みます。AIが書いたコードの真偽を検証できる基礎力を持ったエンジニアの育成が、これまで以上に重要になります。 - 責任の所在を明確にする:
AIツールを用いた開発であっても、最終的な品質責任は人間(企業)にあります。特に金融や社会インフラなどミッションクリティカルな領域では、AIの提案を鵜呑みにせず、徹底したテストとレビューを行うプロセスを標準化する必要があります。
