グローバルではAI規制の整備が急ピッチで進む一方、その燃料となるデータ共有の枠組み(スマートデータやオープンファイナンス)の構築は遅れています。本記事では、Deloitte UKのレポートが示唆するこの「速度差」に着目し、EUの規制動向が日本企業に与える影響と、実務レベルで進めるべきガバナンスおよびデータ戦略について解説します。
先行するガバナンス、追いつかないデータ基盤
生成AIの爆発的な普及に伴い、世界的に「AIガバナンス(統制・管理)」への関心が急激に高まっています。Deloitte UKの指摘によれば、規制当局や企業はAIのリスク管理に即時の対応を迫られている一方で、そのAIが処理すべきデータを安全かつ円滑に流通させるための枠組み(スマートデータや金融分野におけるオープンファイナンスなど)の整備は、はるかに緩やかなペースでしか進んでいないという現状があります。
これは日本企業にとっても看過できない課題です。AIモデルの導入やPoC(概念実証)は現場レベルで急速に進んでいますが、それを支える社内のデータ基盤や、組織間でのデータ連携ルールは、依然としてレガシーなシステムや縦割りの組織構造に阻まれているケースが少なくありません。「ガバナンスだけが厳格化し、肝心のデータ活用が進まない」という状況は、DX(デジタルトランスフォーメーション)の停滞を招くリスクをはらんでいます。
EU規制の波及と日本の「ソフトロー」アプローチ
欧州では「EU AI法(EU AI Act)」に見られるように、リスクベースのアプローチによる法的拘束力のある規制(ハードロー)の整備が進んでいます。これはEU域内で活動する企業だけでなく、EU市民のデータを扱う日本企業にも適用される可能性があるため、グローバル展開している製造業や金融機関にとっては、事実上の世界標準として意識せざるを得ないものです。
対照的に、日本国内では経済産業省や総務省による「AI事業者ガイドライン」を中心とした、法的拘束力のないガイドラインベース(ソフトロー)のアプローチが採用されています。これはイノベーションを阻害しないという点ではメリットですが、裏を返せば「各企業が自律的にリスク判断を行い、責任を負わなければならない」ことを意味します。明確な赤信号がない分、どこまで踏み込んで良いかの判断が難しく、結果として現場が萎縮してしまう「コンプライアンス疲れ」も懸念されます。
データ活用における実務的なボトルネック
AIは「ガソリン」であるデータがなければ走りません。元記事で触れられている「スマートデータ」や「オープンファイナンス」の遅れは、データの標準化やAPI連携の難しさを物語っています。日本企業においても、AI導入の障壁はアルゴリズムそのものではなく、以下のようなデータ周りの実務的問題であることが大半です。
一つは「データの品質と権利関係」です。日本の著作権法第30条の4は、AI学習のためのデータ利用に対して世界的に見ても柔軟な規定を持っていますが、実務上は「学習は合法でも、生成物が既存の著作物に類似してしまった場合のリスク」や「機密情報の漏洩リスク」への懸念が払拭できず、社内データの活用に二の足を踏む企業が多く見られます。また、紙文化や非構造化データ(PDFや画像など)が大量に残っている組織では、LLM(大規模言語モデル)に読み込ませる前のデータ整備(前処理)に膨大なコストがかかるのが現実です。
「守り」を「攻め」に転換するMLOpsとガバナンス
こうした状況下で、日本企業がとるべきアプローチは、ガバナンスを単なる「禁止事項リスト」にするのではなく、AIを安全に運用するための「ガードレール」として設計することです。これには、MLOps(機械学習基盤の運用)の観点が不可欠です。
例えば、生成AIの出力に対して、差別的な発言やハルシネーション(もっともらしい嘘)が含まれていないかを自動チェックするフィルタリング機能を実装したり、人間が最終確認を行うプロセス(Human-in-the-Loop)を業務フローに組み込んだりすることが挙げられます。技術的な監視と、組織的なルールの両輪を回すことで、現場は「ガードレールの内側であれば自由にスピードを出せる」ようになります。
日本企業のAI活用への示唆
グローバルの動向と日本の現状を踏まえ、意思決定者や実務者が意識すべきポイントは以下の通りです。
1. グローバル基準のガバナンスを「標準装備」する
国内事業のみであっても、サプライチェーンや提携先を通じて欧米の規制基準を求められるケースが増えています。日本のガイドライン準拠にとどまらず、EU AI法などのグローバル基準を意識したリスク管理体制(AIインベントリの作成、リスク評価プロセスの確立など)を早期に構築することが、将来的な手戻りを防ぎます。
2. データ基盤整備への投資を優先する
AIツールを導入する前に、自社のデータが「AIが理解可能な状態か(Machine Readable)」、そして「権利関係がクリアか」を棚卸しする必要があります。部門横断的なデータ連携基盤の構築は地味ですが、ここを疎かにすると、高価なAIモデルも宝の持ち腐れになります。
3. 完璧を求めず、リスク許容度を明確にする
日本企業は「100%の精度」や「ゼロリスク」を求めがちですが、確率論で動く現在のAIにおいてそれは不可能です。業務ごとに許容できるリスクレベル(社内利用なら誤記があっても良いが、顧客対応は厳格にする等)を定義し、スモールスタートで実績を積み上げることが、結果として組織のAIリテラシーと競争力を高める最短ルートとなります。
