最新のAI技術と、数十年前から稼働するメインフレーム上のCOBOLシステム。一見対極にあるこれらが、実は高い親和性を持っているという議論がエンジニアコミュニティで注目されています。本記事では、Hacker Newsでの議論を起点に、レガシーシステムのモダナイゼーションにおける生成AIの実用的な価値と、日本企業が直面する課題へのアプローチについて解説します。
なぜ「COBOL」と「LLM」の相性が良いのか
Hacker Newsで話題となった「COBOL開発者はAIをどう活用しているか?」というスレッドでは、興味深い指摘がなされています。それは、COBOLという言語の特性が、大規模言語モデル(LLM)の処理特性と非常にマッチしているという点です。
PythonやC++のような記号的で抽象度の高い言語と異なり、COBOL(COmmon Business Oriented Language)は「英語に近い構文」を持つように設計されています。その冗長とも言える記述スタイルは、自然言語処理を得意とするLLMにとって、文脈を理解しやすく、また生成しやすい対象となります。
例えば、複雑な数式やメモリ操作よりも、「MOVE A TO B」のように平易な英語でビジネスロジックが記述されているため、AIは「このコードが何をしているか」を高い精度で説明(解説)することができます。これは、AI活用の第一歩として非常に重要な意味を持ちます。
「2025年の崖」と失われた設計図
日本国内においても、経済産業省が警鐘を鳴らす「2025年の崖」問題の核心には、レガシーシステムのブラックボックス化があります。数十年前に構築された基幹システムは、度重なる改修でスパゲッティコード化し、当時の仕様を知る技術者は定年退職を迎えています。
ここで生成AIが発揮する最大の価値は、コード生成そのものよりも「リバースエンジニアリングの支援」にあります。LLMを活用することで、以下のようなアプローチが可能になります。
- 仕様書の自動生成・更新: ソースコードを読み込ませ、自然言語で仕様やロジックを要約させる。
- ビジネスルールの抽出: コード内に埋もれた特有の計算式や条件分岐を洗い出し、可視化する。
- テストケースの作成: 既存のロジックを保証するための単体テストコードを生成する。
これらは、AIに「新しいコードを書かせる」のではなく、「古いコードを翻訳・解釈させる」使い方であり、幻覚(ハルシネーション)のリスクを人間が検証しやすいため、実務への導入ハードルが比較的低い領域です。
自動移行(マイグレーション)の落とし穴
一方で、COBOLからJavaやGo言語への「AIによる自動書き換え」には慎重になるべきです。議論の中でも指摘されていますが、言語間のパラダイム(考え方)の違いは、単なる構文の翻訳では埋まりません。
例えば、COBOL特有の固定小数点演算やデータ型の扱いを、近代的な言語へそのまま移植しようとすると、計算誤差や丸め処理の違いにより、金融システムなどでは致命的な不具合につながるリスクがあります。AIは「構文的に正しいコード」を書くことは得意ですが、「業務的に正しい厳密な挙動」を保証する責任は持てません。
また、AIが生成したコードのレビューを誰が行うのか、という問題も残ります。移行先の言語(Java等)だけでなく、移行元のCOBOLも理解できる「バイリンガルなエンジニア」が必要となる点は、AI導入前と変わりません。
日本企業のAI活用への示唆
Hacker Newsでの議論や国内の事情を踏まえると、日本企業、特に金融機関や製造業、官公庁などのレガシー資産を持つ組織は、以下のステップでAI活用を検討すべきです。
1. 生成ではなく「理解」にAIを使う
いきなりシステムのリプレースにAIを使うのではなく、まずは「現状把握」のツールとしてLLMを導入してください。ドキュメントが存在しない、あるいは陳腐化しているコード群に対して、AIを用いてコメントを付与したり、ロジックフロー図の元データを作成したりすることで、ブラックボックスを解消する手助けとなります。
2. 人材育成・承継ツールとしての活用
若手エンジニアがCOBOLのコードを読む際の「対話型メンター」としてAIを活用する事例も有効です。「この段落は何をしているのか?」「この変数はどこで定義されているか?」をAIに質問しながら読み解くことで、ベテラン不在の中でも技術承継を進めることが可能になります。
3. ガバナンスと検証プロセスの確立
AIが出力した解説やコードは、必ず人間が検証する必要があります。特に勘定系システムなどのミッションクリティカルな領域では、AIの回答を鵜呑みにせず、最終的な責任は人間が持つというガバナンス体制が不可欠です。
結論として、AIはCOBOLシステムを「魔法のように現代化する杖」ではありませんが、複雑に絡まった糸をほぐすための「強力な顕微鏡」にはなり得ます。リスクを見極めつつ、まずは足元の可視化から活用を始めるのが、日本企業にとっての最適解と言えるでしょう。
