デジタル先進国として知られるウクライナが、世界初となる政府公式「AIエージェント」の基盤としてローコードプラットフォームを採用しています。なぜ最先端のAI実装にローコードが選ばれたのか。その背景にある技術的な必然性と、日本の組織がここから学ぶべき「AI開発の民主化」と「ガバナンス」のあり方について解説します。
政府サービスにおける「AIエージェント」の台頭
ウクライナ政府は、デジタル公共サービスにおいて世界的に高い評価を受けていますが、現在取り組んでいるのは単なるチャットボットではなく、より自律的なタスク遂行能力を持つ「AIエージェント」の開発です。ここで注目すべきは、その開発基盤として「ローコードプラットフォーム」が採用されているという点です。
元記事にあるGovInsiderの報道によれば、このプロジェクトにおいて同国のデジタル変革省(Ministry of Digital Transformation)は、AIエージェントの挙動調整を自ら担っています。これは、従来の「要件定義をしてベンダーに丸投げ」というスタイルではなく、現場の政策担当者が自らの手でAIのロジックや振る舞いを修正・改善できる環境を構築していることを意味します。
なぜAIエージェントに「ローコード」が必要なのか
大規模言語モデル(LLM)の登場以降、多くの日本企業がRAG(検索拡張生成)を用いた社内QAボットなどを導入しました。しかし、次のフェーズである「AIエージェント」——つまり、ユーザーの意図を汲み取り、予約システムを操作したり、申請処理を実行したりする自律型AI——を実現しようとすると、LLM単体では不十分です。
AIエージェントには、外部APIとの連携、複雑な条件分岐、そしてハルシネーション(もっともらしい嘘)を防ぐための厳格なガードレールが必要です。これらを全てスクラッチ(手書きのプログラム)で開発・運用するのは、エンジニアリソースが不足している多くの組織にとって現実的ではありません。
ローコードプラットフォームを活用することで、API連携や処理フローを視覚的に構築でき、AIの「思考プロセス」と「実行プロセス」を分離して管理することが容易になります。ウクライナの事例は、AIエージェントの実装において、開発スピードと保守性を両立させるための最適解の一つがローコードであることを示唆しています。
「現場主導」がもたらす品質向上とリスクヘッジ
AIシステムの運用において最大のリスクの一つは、「現場の業務ルールとAIの挙動の乖離」です。特に法規制や商習慣が複雑な日本の業務環境において、エンジニアだけでこの乖離を埋めるのは困難です。
ローコード基盤を採用する最大のメリットは、業務知識を持つ非エンジニア(ドメインエキスパート)が開発プロセスに関与できる点にあります。AIが誤った回答をした際、エンジニアにコード修正を依頼して数日待つのではなく、業務担当者がローコード上のロジックやプロンプトフローを確認し、即座に修正・検証を行う。このサイクルの速さこそが、変化の激しい現代における競争力の源泉となります。
一方で、ローコード化には「シャドーIT」化のリスクも伴います。誰でも作れるからこそ、ガバナンスが効かなくなる恐れがあります。日本企業においては、情報システム部門がプラットフォームとセキュリティのガイドラインを整備し、各事業部がその上でアプリケーションを開発する「ガードレール付きの民主化」が求められます。
日本企業のAI活用への示唆
ウクライナの事例は、日本のDXおよびAI実装に対して以下の重要な示唆を与えています。
- 「作る」から「繋ぐ」へのシフト: AIエージェント開発においては、モデルをゼロから作るのではなく、既存のLLMと社内システムをローコードで繋ぎ合わせる「オーケストレーション」能力が重要になります。
- アジャイルなガバナンス体制: AIの挙動は確定的ではないため、リリース後も継続的な調整が不可欠です。ベンダー依存(丸投げ)を脱却し、社内の業務担当者がローコードツールを用いて微調整できる体制(内製化、または準内製化)を整えることが推奨されます。
- プロセスの可視化と説明責任: 日本の厳格なコンプライアンス要件に対応するためには、AIがなぜその判断をしたのかというプロセスが可視化されている必要があります。ブラックボックスになりがちなAIの挙動を、ローコードのフロー図として可視化しておくことは、説明責任を果たす上でも有効な手段となり得ます。
