IBM Institute for Business Valueの最新調査によると、世界の経営層は今後4年間でAI投資の重点を大きく転換させようとしています。生成AIの初期ブームが一巡し、実用化とROI(投資対効果)の厳密な追求へと向かうグローバルな潮流の中で、日本企業が取るべき戦略とは何かを解説します。
投資のフェーズが変わる:インフラ整備からビジネス実装へ
IBM Institute for Business Valueが実施した経営層(C-suite)向けのグローバル調査によると、AIに関する支出の優先順位は、今後4年間で劇的な変化を遂げると予測されています。
過去2年ほどの間、多くの企業は「生成AIとは何か」「何ができるのか」を探るための初期投資、いわゆるPoC(概念実証)や、LLM(大規模言語モデル)を利用するための基本的なインフラ整備に資金を投じてきました。しかし、この「実験フェーズ」は終わりを告げようとしています。
今後の投資の中心は、AIモデルそのものの開発や単なるチャットボットの導入から、「既存のビジネスプロセスへの深い統合」へとシフトします。つまり、AIを単独のツールとして使うのではなく、CRM(顧客関係管理)やERP(基幹業務システム)といった社内システムに組み込み、具体的な業務フローを自律的に処理させるフェーズへの移行です。
「汎用モデル」から「特化型・エージェント」への分散
投資シフトのもう一つの側面は、コスト対効果の最適化です。これまでは「何でもできる巨大なモデル(GPT-4など)」にとりあえず投げかけるアプローチが主流でしたが、今後は用途に応じたモデルの使い分けが進みます。
具体的には、パラメータ数が少なく軽量なSLM(小規模言語モデル)をオンプレミスやエッジ環境で動かし、セキュリティとコストを担保する動きや、特定の業界用語や社内規定に特化したファインチューニング(追加学習)への投資が増加するでしょう。
また、単にテキストを生成するだけでなく、ツールを操作してタスクを完遂する「AIエージェント」への期待も高まっています。人間が指示を出せば、AIが自律的に複数のソフトウェアを操作して業務を完了させる――こうした「行動するAI」の実装こそが、今後4年間の競争力の源泉となります。
日本企業が直面する「レガシーシステム」と「ガバナンス」の壁
このグローバルな潮流を日本企業に当てはめた場合、特有の課題が浮き彫りになります。多くの日本企業では、AIが連携すべき基幹システムが老朽化・ブラックボックス化している(いわゆる「2025年の崖」問題)ケースが少なくありません。AIに投資をする前に、まずAIが読み書きできるデータ基盤が整っていないという「データ負債」の問題です。
また、日本企業はリスク回避の傾向が強く、AIのハルシネーション(もっともらしい嘘)や著作権リスク、情報漏洩に対して非常に敏感です。欧州の「AI法(EU AI Act)」や日本の総務省・経産省による「AI事業者ガイドライン」など、規制環境が整備される中で、コンプライアンス対応への投資も不可欠になります。
しかし、リスクを恐れて立ち止まることは、国際競争力からの脱落を意味します。「守りのガバナンス」だけでなく、ビジネス価値を最大化するための「攻めのガバナンス」をどう構築するかが問われています。
日本企業のAI活用への示唆
IBMの予測が示唆する「投資のシフト」を踏まえ、日本のリーダー層は以下の3点を意識して意思決定を行うべきです。
- 「PoC疲れ」からの脱却とKPIの再定義
「とりあえずAIで何かやってみる」というフェーズは終了しました。これからは、「どの業務時間を何割削減するか」「どのサービスの付加価値をどう高めるか」という明確なROI(投資対効果)基準を設け、成果が出ないプロジェクトは早期に撤退し、有望な領域へリソースを集中させる厳格なポートフォリオ管理が必要です。 - AIと「人」の協働モデルの設計(Human-in-the-loop)
AIが業務プロセスに入り込むほど、現場の反発や混乱が予想されます。日本特有の現場力や暗黙知をAIに学習させつつ、最終的な判断や責任は人間が担う「Human-in-the-loop(人間が関与する仕組み)」を業務フローに組み込むことで、現場の信頼と品質を担保する必要があります。 - データ整備への投資を惜しまない
AIモデルへの投資と同等、あるいはそれ以上に「泥臭いデータ整備」への投資が必要です。紙ベースの業務やサイロ化したデータベースを放置したままでは、最新のAIも宝の持ち腐れとなります。AI導入を契機として、長年の課題であったDX(デジタルトランスフォーメーション)を一気に加速させる覚悟が求められます。
