19 1月 2026, 月

生成AIによる画像生成と法的限界:英国の事例から見る、日本企業が備えるべき「ディープフェイク」リスクとガバナンス

英国で政治家のディープフェイク画像が拡散し、法的な対処が困難である現状が浮き彫りになりました。この事例は、生成AI技術の進化に対し、法規制がいかに後手に回らざるを得ないかを示唆しています。日本企業にとっても対岸の火事ではないこの問題に対し、組織としてどのようにリスク管理とガバナンスを構築すべきか、実務的な観点から解説します。

英国で露呈した「法規制の無力さ」

最近、英国の政治家リズ・ケンドール氏をターゲットにしたAI生成のフェイク画像(水着姿の捏造画像など)がX(旧Twitter)上で拡散されました。この事例が浮き彫りにしたのは、個別の画像の是非以上に、「現在の法制度やプラットフォームのポリシー執行能力が、生成AIの拡散スピードと量に全く追いついていない」という現実です。

生成AI、特に画像生成モデルの進化により、誰でも安価かつ容易に、実在の人物の写実的な画像を生成できるようになりました。しかし、英国の事例が示す通り、これを「名誉毀損」や「プライバシー侵害」として法的に差し止めようとした場合、手続きには時間がかかり、その間に画像は無限に拡散されてしまいます。また、作成者が海外にサーバーを置く匿名アカウントである場合、追跡は極めて困難です。これは「法が技術に敗北している」一つの象徴的な局面と言えるでしょう。

日本における法的リスクと商習慣のギャップ

日本に目を向けると、状況はさらに複雑です。日本の著作権法(特に第30条の4)は、世界的に見てもAIの学習(トレーニング)に対して寛容であるとされていますが、これはあくまで「開発段階」の話です。生成されたアウトプット(生成物)が個人の権利を侵害する場合、肖像権の侵害や名誉毀損、あるいは著作権侵害に問われるリスクは当然存在します。

しかし、実務上の課題は「法のグレーゾーン」と「執行の実効性」にあります。例えば、企業のCEOや広報担当者の顔を合成したフェイク動画が出回り、偽の不祥事謝罪や虚偽の製品発表が行われた場合、日本企業特有の「事なかれ主義」や「静観」といった対応では、ブランド毀損を食い止められない可能性があります。また、日本にはEUの「AI法(EU AI Act)」のような包括的なハードロー(法的拘束力のある規制)が未整備であり、総務省や経済産業省によるガイドライン(ソフトロー)ベースでの対応が中心となっているため、企業自身が自主的な防衛策を講じる必要があります。

企業が直面する具体的な脅威

生成AIによる画像・動画生成技術の悪用は、エンターテインメントや政治の世界だけの話ではありません。ビジネスにおいては、以下のようなリスクが現実味を帯びています。

  • CEO詐欺(ビジネスメール詐欺の高度化):経営層の声を合成した音声や、Web会議でのリアルタイムなディープフェイク映像を用い、財務担当者に送金を指示する詐欺。
  • 風説の流布と株価操作:工場の爆発事故や製品の欠陥を示すフェイク画像を生成・拡散させ、株価を操作しようとする攻撃。
  • 採用・人事リスク:採用面接における候補者のなりすましや、従業員をターゲットにしたハラスメント画像の生成。

これらは従来のサイバーセキュリティの枠組み(ファイアウォールやウイルス対策)では防ぐことができず、「情報空間の汚染」に対する新たなガバナンスが求められます。

技術的対策と限界:C2PAと電子透かし

こうしたリスクに対し、技術的な対抗策も進んでいます。Adobeやマイクロソフトなどが主導する「C2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity)」は、コンテンツの来歴(誰がいつ作成・改変したか)を証明するデジタル署名技術の標準化を進めています。また、GoogleやOpenAIも電子透かし(Watermarking)技術を導入しています。

しかし、これらは「真正なコンテンツであることの証明」には役立ちますが、悪意ある攻撃者がローカル環境でオープンソースのモデル(Stable Diffusionなど)を使って生成した、透かしのない画像の拡散を防ぐことはできません。技術的な防御壁は重要ですが、それだけで全て解決するわけではないことを理解しておく必要があります。

日本企業のAI活用への示唆

英国の事例は、AI技術の進化に対し、事後的な法的対応には限界があることを教えています。日本企業は以下の3点を念頭に、AI活用とリスク管理を進めるべきです。

  • クライシスマネジメントの再定義:「自社の役員や製品のフェイク画像・動画が拡散する」ことを前提とした危機管理マニュアルを策定すること。真偽不明の情報が拡散した際、即座に公式見解を出す「真正性の証明ルート(公式ドメイン、署名付きリリースなど)」を確保しておくことが重要です。
  • 「性善説」からの脱却と従業員教育:日本企業は性善説に基づいた運用が多いですが、AI時代においては「目に見えるもの、耳に聞こえるものが真実とは限らない」という前提でのセキュリティ教育が必要です。特に財務や承認権限を持つ層への教育は急務です。
  • 積極的なAIガバナンスの構築:リスクを恐れてAI活用を禁止するのではなく、「入力データ(社内情報)の保護」と「出力物(生成コンテンツ)の権利確認」のルールを明確化すること。また、C2PAなどの来歴証明技術の動向を注視し、自社が発信するコンテンツの信頼性を担保する仕組みを検討し始める時期に来ています。

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