SRE(サイト信頼性エンジニアリング)の領域において、AIの役割が「発生した障害の迅速な解決」から「障害の未然防止」へと大きく変化しつつあります。生成AIやAIエージェントの進化により、インフラのコンプライアンス違反や設定ミスを自動的に修正する未来が現実味を帯びてきました。本記事では、この技術トレンドを解説し、日本のシステム運用現場が直面する課題解決にどう活かすべきかを考察します。
「事後対応」から「事前予測」への進化
これまでのAIOps(AIを活用したIT運用)の主戦場は、主に「異常検知」と「根本原因分析」でした。つまり、システム障害が発生した直後に、大量のログやメトリクスから素早く原因を特定し、復旧時間を短縮することに重きが置かれていました。
しかし、最新のトレンドは「未然防止(Preventing Failures)」へとシフトしています。機械学習モデルが過去の傾向から将来のリソース枯渇やパフォーマンス劣化を予測するだけでなく、生成AIを活用した自律型エージェント(AI Agent)が、インフラの設定不備やコンプライアンス違反(セキュリティ基準への不適合など)を能動的に発見し、障害が起きる前に修正案を提示、あるいは自動修正する段階に入りつつあります。
インフラ・コンプライアンスと「技術的負債」の解消
特に注目すべきは、PulumiなどのInfrastructure as Code(IaC)ツールベンダーが取り組んでいるような、コンプライアンス領域へのAI適用です。日本企業において、長年運用されているシステムは「秘伝のタレ」化した設定や、最新のセキュリティ基準に適合していない古い構成(技術的負債)を抱えがちです。
最新のAIエージェントは、こうしたバックログ(未処理の課題)をスキャンし、「この設定は現在の社内ポリシーに違反しています」と警告するだけでなく、「このようにコードを修正すれば準拠できます」と具体的な修正コードを生成、あるいは人間が承認すれば即座に適用するところまで担い始めています。これは、人手不足に悩む日本のインフラエンジニアにとって、トイル(Toil:手作業による反復的な苦役)を削減する強力な武器となり得ます。
自動化のリスクと「Human-in-the-loop」の重要性
一方で、AIによるインフラ操作の自動化にはリスクも伴います。生成AI特有のハルシネーション(もっともらしい嘘)により、誤った設定が適用されれば、大規模なシステムダウンを引き起こす可能性があります。また、AIが勝手に修正を行うブラックボックス化が進むと、現場のエンジニアが「なぜその設定になっているのか」を理解できなくなり、緊急時の対応力が低下する恐れもあります。
したがって、完全にAIに任せきりにするのではなく、最終的な承認プロセスに人間が介在する「Human-in-the-loop」の設計が不可欠です。特に品質への要求水準が高い日本市場においては、AIはあくまで「優秀な副操縦士」として位置づけ、最終責任は人間が持つというガバナンス体制を維持することが、信頼性を保つ鍵となります。
日本企業のAI活用への示唆
グローバルなSREの潮流を踏まえ、日本企業は以下のポイントを意識してAI導入を進めるべきです。
- 「守りのAI」から始める:いきなり自動修復を目指すのではなく、まずは「予兆検知」や「コンプライアンス違反の洗い出し」といった可視化・分析フェーズでAIを活用し、運用の透明性を高めることから着手する。
- ナレッジの継承としての活用:熟練エンジニアの勘や経験に依存していた判断基準をAIに学習させることで、属人化を解消し、若手エンジニアのスキル底上げや教育ツールとして活用する。
- 法規制・ガイドラインとの整合性:金融や医療など規制の厳しい業界では、AIが提案・実行した変更内容の監査証跡(ログ)が確実に残る仕組みを選定し、FISC等のガイドラインに抵触しない運用フローを構築する。
- 組織文化の変革:AI導入を単なるコスト削減と捉えず、「エンジニアをルーチンワークから解放し、より付加価値の高い開発業務にシフトさせるための投資」と定義し、組織全体のモチベーション向上につなげる。
