18 1月 2026, 日

専門知を「解読」するAI:研究広報の事例から見る、日本企業のナレッジ活用とコミュニケーション変革

米国の医学系学術団体AAMCの事例が示唆するのは、AIの価値が単なる「文章作成」だけでなく、複雑な情報の「理解支援」にあるという点です。専門性の高い情報をいかに噛み砕き、ステークホルダーへ正確に伝えるか。日本企業における研究開発(R&D)部門と事業部門の連携、そして対外広報における生成AIの実務的な活用法とリスク管理について解説します。

「書く時間」ではなく「理解する時間」の短縮

生成AIの活用というと、多くの企業では「メールの自動生成」や「議事録の要約」といったアウトプットの効率化に目が向きがちです。しかし、米国の医科大学協会(AAMC)が取り上げた研究広報におけるAI活用の事例は、より本質的な課題解決を示唆しています。そこで語られているのは、「課題はレビューの欠如ではなく、個々の研究を完全に理解するためにかかる時間であった」という点です。

高度な専門知識を要する論文や技術文書を、広報担当者や非専門家が読み解き、その社会的意義を正確に把握するには膨大な時間を要します。ここでのAIの役割は、単に広報文を書くことではなく、難解な技術情報を「構造化」し「平易な言葉」に変換することで、人間が内容を理解するプロセスを加速させることにあります。

日本企業における「専門用語の壁」と部門間連携

この視点は、技術立国である日本の企業にこそ重要な示唆を与えます。多くの日本企業、特に製造業や素材、製薬、IT業界では、R&D部門(研究開発)と、営業・マーケティング・広報部門との間に「知識の断絶」が存在します。技術者が作成するドキュメントは専門性が高く、その真価が社内の他部門や顧客に正しく伝わらないという課題です。

大規模言語モデル(LLM)を活用し、社内の技術文書や仕様書をベースに、「一般消費者向け」「投資家向け」「社内営業担当向け」といったターゲット別の解説文を生成させる取り組みは、この断絶を埋める有効な手段となります。これにより、属人化しがちな技術ナレッジの流動性が高まり、製品の市場投入(Go-to-Market)のスピードアップや、投資家向け広報(IR)の質的向上が期待できます。

リスク管理:正確性の担保と「Human-in-the-Loop」

一方で、専門的な情報のAI処理には重大なリスクも伴います。生成AI特有の「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」です。特に医療、法務、金融、エンジニアリングといった領域では、数値ひとつ、用語ひとつの誤りが致命的な結果を招く可能性があります。

実務においては、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)などの技術を用いて、回答の根拠となる社内ドキュメントを明示させるアーキテクチャが必須です。しかし、技術的な対策だけでは不十分です。必ず専門知識を持った人間が最終確認を行う「Human-in-the-Loop(人間が介在するプロセス)」を業務フローに組み込む必要があります。

日本の商習慣においては、誤情報の発信は企業の信頼(トラスト)を著しく損ないます。「AIが間違えた」という言い訳は通用しません。AIはあくまで「ドラフト(下書き)作成」や「要点の抽出」のパートナーとして位置づけ、最終的な責任は人間が負うというガバナンス体制の構築が不可欠です。

日本企業のAI活用への示唆

今回の事例および日本のビジネス環境を踏まえると、意思決定者は以下の3点を意識すべきです。

1. 「読むAI」としての活用推進
AI活用を「生成(書くこと)」だけに限定せず、膨大な技術資料や法規制ドキュメントを人間が素早く理解するための「解釈・要約ツール」として位置づけ直すこと。これにより、意思決定のスピードと質が向上します。

2. 専門性と大衆性のブリッジ
技術力の高い日本企業こそ、その技術をわかりやすく社会に伝える翻訳機としてAIを活用すべきです。R&D部門の成果を、専門用語を使わずに価値ベースで語れるように変換することで、新規事業開発やオープンイノベーションの機会を広げることができます。

3. ファクトチェックの制度化
AIによる出力を鵜呑みにせず、原典に当たって確認するプロセスを業務標準にすること。特に著作権や機密情報の取り扱いについては、社内ガイドラインを整備し、入力データに個人情報や機密情報を含めない(または安全な環境で処理する)ルールを徹底する必要があります。

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