世界のLLM(大規模言語モデル)トラフィックの90%以上を米国勢が占める中、中国発の「DeepSeek」が急速にシェアを伸ばしています。この市場構造の変化は、生成AIのコスト構造や技術覇権にどのような影響を与えるのか。日本のビジネスリーダーが押さえておくべき、モデル選定の戦略とガバナンスの要諦を解説します。
米国一強の現状とDeepSeekが投げかけた波紋
ネバダ大学ラスベガス校(UNLV)のAustin Horng-En Wang氏らが示したデータによると、世界のLLMトラフィックの約93%は依然として米国ベースのモデル(OpenAIのGPTシリーズやGoogleのGemini、MetaのLlamaなど)が占めています。生成AI市場における米国の圧倒的な覇権は揺るぎないように見えますが、その一方で注目すべき変化も起きています。
同データでは、中国発のLLMである「DeepSeek」が、これまでわずか3%程度だった中国ベースのLLMの世界シェアを13%まで押し上げたことが示唆されています。DeepSeekは、非常に低い推論コストと、トップティアの米国製モデルに肉薄する性能を両立させたことで、開発者コミュニティを中心に世界的な注目を集めました。これは単なるシェアの変動以上に、「高性能なAIは米国の巨大テック企業にしか作れない」というこれまでの常識に対するアンチテーゼとしての意味合いを強く持っています。
コストパフォーマンスと技術のコモディティ化
日本企業にとって、このニュースは「中国製AIを使うべきか否か」という二元論だけで捉えるべきではありません。より重要な示唆は、LLMの開発・運用コストが劇的に下がる可能性(コモディティ化)が見えてきた点にあります。
これまで日本国内の生成AI活用、特に業務効率化やDX(デジタルトランスフォーメーション)の文脈では、高額な米国製プロプライエタリ(非公開)モデルを利用するのが一般的でした。しかし、DeepSeekのようなモデルの登場は、オープンソースあるいはより安価なモデルでも、特定タスクにおいては十分な実用性を発揮できることを証明しています。これは、API利用料の高止まりや、為替リスク(円安)に悩む日本企業にとって、中長期的にはコスト構造の最適化につながる良い兆候と言えます。
日本企業における「地政学リスク」とガバナンス
一方で、実務的な観点からは慎重な判断が求められます。日本の商習慣や法規制、特に経済安全保障推進法の観点から見ると、中国企業が提供するAPIサービスに自社の機密情報や顧客データを直接送信することには、依然として高いハードルが存在します。
多くの日本企業、特に金融・公共・インフラ分野では、データの保存場所(データレジデンシー)やアクセス権限に対して厳格なポリシーを持っています。「性能が良いから」「安いから」という理由だけで採用することはできず、サプライチェーン全体のリスク管理が問われます。したがって、現時点での現実解は、海外の動向をベンチマークとしつつも、本番環境では信頼できるプラットフォーム(Azure、AWS、Google Cloudなど)上のモデルや、セキュリティが担保された環境でホスティングされたオープンモデル、あるいは国産LLMを選択するというのが主流となるでしょう。
日本企業のAI活用への示唆
今回の市場動向の変化を踏まえ、日本の意思決定者やエンジニアは以下の3点を意識してAI戦略を構築すべきです。
1. マルチモデル戦略の準備
「GPT一択」の状態から脱却し、用途に合わせて複数のモデルを使い分ける準備を始めるべきです。米国勢のシェアが圧倒的とはいえ、選択肢は増えています。PoC(概念実証)の段階では多様なモデルを試し、本番導入時にはコストとリスクのバランスで決定できる柔軟なアーキテクチャ(LLM Gatewayなどの導入)を整備することが推奨されます。
2. データの機密性に応じた使い分け
公開情報に基づくマーケティングコンテンツの生成など、リスクの低いタスクではコストパフォーマンスを最優先し、個人情報や技術情報を含むタスクでは、国内リージョンが確約されたモデルやオンプレミスに近い環境(VPC内など)で動作するモデルを採用するなど、明確な基準を設ける必要があります。
3. 「国産」および「オープンソース」への再評価
米国勢への過度な依存(ベンダーロックイン)を防ぐためにも、NTTやソフトバンクなどが開発する日本語特化の国産モデルや、自社環境で動かせるオープンソースモデルの活用も視野に入れるべきです。DeepSeekの事例は、工夫次第で計算資源を抑えつつ高性能なモデルが運用できることを示しており、これは日本のAI開発にとっても追い風となる知見です。
