米俳優マシュー・マコノヒーが、自身の肖像や声が無断でAIに利用されることを防ぐため、商標登録を出願するという新たな防衛策に出ました。この動きは、生成AIの急速な普及に伴う「ディープフェイク」や「無断クローン」に対する権利保護のあり方に一石を投じるものです。本稿では、この事例を端緒に、肖像権やパブリシティ権を巡るグローバルな動向と、日本企業がマーケティングやサービス開発において留意すべき法務・ガバナンスの要点を解説します。
「著作権」ではなく「商標」で自身を守る戦略的意義
ハリウッド俳優のマシュー・マコノヒーが自身の名前、声、そして肖像を商標登録(Trademark)しようとしているというニュースは、AI法務の観点から非常に興味深い動きです。通常、クリエイティブな作品は「著作権」で保護されますが、個人の「声質」や「顔立ち」そのものは、従来の著作権法の枠組みでは保護が難しいグレーゾーンにありました。
生成AI技術の進展により、わずかなサンプルデータから本物と区別がつかないデジタルクローン(AIアバターや音声モデル)を作成することが容易になっています。これに対し、マコノヒー側は「商標権」というアプローチを選択しました。商標は本来、商品やサービスの「出所」を示すための権利です。つまり、AIが生成したコンテンツがあたかもマコノヒー本人によって推奨・提供されたものであるかのように誤認されることを防ぐ、というロジックです。これは、単なる肖像の保護を超え、自身のブランド価値をビジネスとして厳格に管理するという意思表示でもあります。
生成AIと「パブリシティ権」を巡るリスクの高まり
この問題は、エンターテインメント業界に限った話ではありません。企業のマーケティング活動において、生成AIを活用する機会は増えています。例えば、広告クリエイティブの自動生成や、バーチャルインフルエンサーの活用などです。
ここで重要になるのが「パブリシティ権」です。これは、著名人の氏名や肖像が持つ顧客吸引力(経済的価値)を排他的に利用する権利を指します。米国ではスカーレット・ヨハンソンがOpenAI社の音声アシスタントの声が自身に酷似しているとして抗議した件など、AI企業とクリエイターとの緊張関係が高まっています。今回の商標登録の動きは、こうした対立において、権利者側が法的な武器を増やそうとしていることを示唆しています。
日本国内の法規制と商習慣における注意点
視点を日本国内に移しましょう。日本の著作権法(特に第30条の4)は、AIの「学習(トレーニング)」に関しては世界的に見ても柔軟で、原則として許諾なしに著作物を利用できるとされています。しかし、これはあくまで「解析・学習」段階の話であり、「生成・利用(推論)」段階において他者の権利を侵害してよいという意味ではありません。
特に、特定の人物に酷似したAIアバターを生成し、それを広告や接客に利用する場合、日本ではパブリシティ権の侵害や、不正競争防止法違反に問われるリスクがあります。日本にはパブリシティ権を明文化した法律はありませんが、最高裁の判例によりその権利は認められています。マコノヒーのような「商標登録」による防衛策が日本で直ちに普及するかは未知数ですが、「AIによる模倣」に対する社会的な目は厳しくなっており、企業にはコンプライアンス以上の倫理観(AI Ethics)が求められています。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例を踏まえ、日本企業の実務担当者や意思決定者は以下のポイントを再確認すべきです。
1. 生成AI利用ガイドラインの策定と徹底
マーケティング部門や制作パートナーが、安易に「特定の有名人風」のコンテンツを生成・公開しないよう、社内規定を整備する必要があります。「プロンプトに有名人の名前を入れない」といった具体的な運用ルールの策定が推奨されます。
2. タレント・モデル契約の見直し
自社でタレントを起用する場合、契約書に「AIによる生成・複製」に関する条項(Digital Replica条項)を明記することが重要です。逆に、自社の役員や社員をAIアバター化して情報発信する場合も、本人の同意範囲や退職後の扱いについて明確に取り決めておく必要があります。
3. 正規の「AIライセンス」市場への注目
リスクを恐れてAI活用を萎縮させるのではなく、正規に権利処理された「公式AIモデル」を活用する動きも始まっています。タレントや事務所側が自らのAIクローンを公式に提供し、企業が対価を払ってそれを利用するビジネスモデルです。今後は「無断利用のリスク」を避け、こうした「クリーンなデータ」を利用することが、企業のブランド価値を守ることにつながります。
