ReebokやBrooks Brothersなどを傘下に持つ世界的ブランド管理企業Authentic Brands Group(ABG)が、独自のAIエージェント・プラットフォームの構築に乗り出しました。単なる対話型AIの導入にとどまらず、業務プロセスを自律的に実行する「エージェント」技術への投資は、今後のエンタープライズAIの潮流を示唆しています。本記事では、この動向を解説しつつ、日本企業が独自のAI基盤を検討する際の要点を整理します。
単なるチャットボットではなく「AIエージェント」へ
Reebok、Champion、Brooks Brothersといった著名ブランドを多数保有し、ライセンス管理やマーケティングをグローバルに展開するAuthentic Brands Group(ABG)が、独自のAIエージェント・プラットフォームを構築しているというニュースは、AIの実務家にとって非常に興味深い事例です。
ここで注目すべきは、「チャットボット」ではなく「AIエージェント」という言葉が使われている点です。従来のChatGPTのような対話型AIは、人間が質問し、AIが回答するという受動的な関係でした。対して「AIエージェント」は、与えられた目標(例:特定の市場トレンドの分析、在庫の最適化、契約書のドラフト作成など)に対し、自らタスクを分解し、社内ツールを操作し、一連の業務フローを実行する能力を持ちます。
ABGのような巨大なブランド・コングロマリットにとって、手作業で行っていたブランド間のデータ統合や、ライセンス管理業務をエージェントに自律化させることは、劇的な生産性向上に直結します。
なぜ既製品ではなく「独自基盤」なのか
多くの企業がMicrosoft CopilotやChatGPT EnterpriseのようなSaaS製品の導入で済ませる中、なぜABGは「独自(Proprietary)」のプラットフォーム構築に踏み切ったのでしょうか。
最大の理由は、「競争優位の源泉となるデータの囲い込み」と「ドメイン特化のワークフロー」にあります。
汎用的なAIモデルは一般的知識には長けていますが、各ブランド固有のデザインガイドライン、複雑なライセンス契約、過去の販売データといった機密情報は持っていません。これらを外部モデルに学習させることなく、RAG(検索拡張生成)などの技術を用いて社内データと安全に連携させるには、自社管理下の基盤が必要です。
また、ブランドビジネス特有の業務フローも関係しています。例えば、「新しいキャンペーン画像の生成」から「法務チェック」「各国の販社への配信」といったプロセスを自動化する場合、汎用ツールでは対応しきれない細かな制御(オーケストレーション)が必要となります。
日本企業のAI活用への示唆
ABGの事例は、日本の大手企業や組織にとっても重要な示唆を含んでいます。特に、複数の事業部門や子会社を持つ日本企業がAI活用を進める際、以下の3つの視点が重要になります。
1. 「対話」から「業務代行」への視座の転換
日本国内では現在、生成AI活用といえば「議事録作成」や「メール下書き」といった個人の業務支援が中心です。しかし、次のフェーズは「AIエージェントによる業務プロセスの代行」です。日本の商習慣である「申請・承認フロー(ワークフロー)」や、複雑な受発注処理などは、ルールベースとLLM(大規模言語モデル)を組み合わせたエージェント技術と相性が良い領域です。単なる検索窓を作るのではなく、具体的な「タスク」を任せる設計が求められます。
2. 独自データの整備とガバナンス
独自のエージェント基盤を作るためには、社内データがAPI経由で利用可能な状態になっている必要があります。日本の多くの企業では、データが古いオンプレミスのシステムやExcelファイルに散在しています。AI活用以前に、データのサイロ化を解消し、機械可読性を高めるインフラ整備が急務です。また、AIが誤った判断をした際の責任の所在(ヒト・イン・ザ・ループの設計)など、ガバナンスの規定もセットで考える必要があります。
3. 「自前主義」と「SaaS利用」の冷静な線引き
ABGは独自構築を選びましたが、すべての日本企業がそうすべきではありません。独自基盤の構築には、MLOps(機械学習基盤の運用)エンジニアの確保や、継続的なモデル更新コストが発生します。競争力の源泉となるコア業務(例:製造業なら研究開発データの解析、商社なら独自物流網の最適化)には独自エージェントを投入し、一般的なバックオフィス業務には既製のSaaSを利用するという、メリハリのある投資判断が重要です。
