2025年に入り、米国市場では従来のソフトウェア関連株がハイテクセクター全体と比較して低迷する傾向が見られます。この事象は単なる投資家の気まぐれではなく、生成AIが既存のSaaSビジネスモデルやツールの価値を根底から揺るがし始めていることの表れです。本稿では、グローバルな「ソフトウェアの定義」の変化を解説し、日本の意思決定者やエンジニアが技術選定や組織づくりにおいて意識すべき視点を紐解きます。
ソフトウェアが「道具」から「代行者」へ変わる時
Investopediaの記事などの市場分析によると、Adobeのような伝統的なソフトウェア企業の株式に対する投資家の懸念が高まっています。これは、生成AIが単なる「効率化ツール」を超え、ソフトウェアそのものの役割を代替しつつあるためです。
これまで私たちは、PhotoshopやExcelといった高機能なソフトウェア(SaaS)を使いこなす「スキル」に価値を置いてきました。しかし、生成AI、特にマルチモーダルなLLM(大規模言語モデル)の進化により、ユーザーは複雑なUI(ユーザーインターフェース)を操作する必要がなくなりつつあります。「画像を加工する」のではなく「欲しい画像を指示して生成する」というプロセスへの転換は、既存のソフトウェアベンダーにとって脅威となり得ます。
これは日本企業にとっても重要な転換点です。これまでのDX(デジタルトランスフォーメーション)は「業務プロセスにSaaSを導入すること」が主目的になりがちでしたが、今後は「AIエージェントにいかに業務を代行させるか」が焦点となります。
機能のコモディティ化とベンダーロックインのリスク
AIがコード生成やドキュメント作成、クリエイティブ制作を高いレベルで行えるようになると、ソフトウェアが持つ個別の「機能」はコモディティ化(一般化)します。例えば、特定のSaaSが提供していた独自の分析機能が、汎用的なLLMと社内データの組み合わせで容易に再現できるようになる可能性があります。
ここで日本の実務者が注意すべきなのは、既存ベンダーへの依存度です。多くのSaaSベンダーは現在、自社製品への「AI機能の組み込み(Copilot化)」を急ピッチで進めています。これはユーザーにとって利便性が高い一方で、データがそのプラットフォーム内に囲い込まれるリスクも孕んでいます。特定のベンダーのエコシステムに過度に依存すると、将来的にAIモデルを切り替えたり、自社独自のAIガバナンスを適用したりすることが困難になる可能性があります。
「誰でも開発者」時代の品質管理とガバナンス
ソフトウェア株の低迷要因の一つには、AIによるコーディングの自動化が、開発ツール市場を変えてしまうという予測も含まれています。日本国内でも、GitHub CopilotやCursorなどのAIコーディング支援ツールの導入が進んでいます。
これにより、エンジニア不足に悩む日本企業にとっては、開発スピードの向上や、非エンジニアによる簡易的なアプリケーション開発(市民開発)の促進というメリットが生まれます。しかし同時に、生成されたコードの品質保証、セキュリティ脆弱性のチェック、著作権侵害のリスク管理といった新たなガバナンス課題も浮上します。「誰でも作れる」からこそ、組織としての「品質の番人」の役割がより重要になるのです。
日本企業のAI活用への示唆
グローバルなソフトウェア市場の動揺は、対岸の火事ではありません。今後のAI戦略において、以下の3点を意識することが推奨されます。
1. 「ツール導入」から「成果の定義」への意識改革
SaaSを契約して終わりではなく、そのツールがAI時代においても競争優位性を持つかを見極める必要があります。単に機能を提供するだけのソフトウェアではなく、自社のデータと連携し、業務成果(アウトカム)を直接生成できるプラットフォームを選定・構築すべきです。
2. AI活用前提のスキルセットへの転換
従業員には、特定のソフトウェアの操作スキルよりも、AIに対して的確な指示を出し、生成物の品質を評価・修正する「ディレクション能力」や「AIリテラシー」の教育を優先すべきです。これは人手不足解消の鍵となります。
3. ベンダー依存を避けたデータ戦略
AI活用が進むほど、学習データやコンテキスト情報の価値が高まります。特定のSaaSベンダーにデータ主権を明け渡すのではなく、重要なデータやナレッジは自社でコントロール可能な環境(例えば、RAG構成やプライベートクラウド環境など)に保持するアーキテクチャを検討してください。
