Google Cloudが発表した新たなコマース向けAIツール群と「Universal Commerce Protocol」は、生成AIが単なる対話相手から、複雑なタスクを完遂する「エージェント」へと進化していることを象徴しています。本稿では、Gemini Enterprise for Customer Experienceを含むこの「エージェンティック(自律的)」な動きが、日本の小売・サービス業界やCX(顧客体験)戦略にどのような変革と課題をもたらすかを実務的視点で解説します。
「対話」から「行動」へ:Agentic AIの台頭
Google Cloudによる「Agentic Commerce tools(自律的コマースツール)」や「Gemini Enterprise for Customer Experience」の発表は、生成AIの活用フェーズが大きく変わりつつあることを示唆しています。これまでのLLM(大規模言語モデル)活用は、主に情報の検索や要約、あるいはチャットボットによる質疑応答が中心でした。しかし、今回打ち出された「Agentic(エージェンティック)」という概念は、AIがユーザーの代わりに「行動」することを意味します。
具体的には、ショッピングエージェントがユーザーの好みを理解するだけでなく、在庫の確認、比較検討、そして購入手続きまでを自律的、あるいは半自律的に実行する世界観です。これは、単に精度の高い回答を返すこと以上に、外部システムとの連携(Function Callingなど)や、一連のプロセスを管理する能力が求められることを意味します。
Universal Commerce Protocolによる標準化の狙い
今回の発表で注目すべきは、AIツールそのものに加え「Universal Commerce Protocol」というプロトコル(通信規約)への言及がある点です。AIエージェントが様々なECサイトや在庫管理システム、決済ゲートウェイとスムーズに連携するためには、インターフェースの標準化が不可欠です。
現在のAI開発における最大のボトルネックの一つは、企業ごとに異なるレガシーなシステムとの接続です。Googleがプロトコルレベルでの標準化を推進しようとしている背景には、自社のGeminiエコシステム内に多くのコマース・トランザクションを取り込みたいというプラットフォーマーとしての狙いがある一方で、開発者にとってはシステム連携のコストが下がる可能性があるというメリットも存在します。
日本の商習慣とシステム環境における課題
日本国内に目を向けると、この「エージェンティック・コマース」の導入には特有のハードルが存在します。まず、日本の消費者はサービス品質に対する要求水準(いわゆる「おもてなし」レベル)が極めて高く、AIが誤った商品を注文したり、不適切なレコメンドを行ったりした場合のブランド毀損リスクは海外以上に深刻です。
また、日本の小売・流通業界では、個別にカスタマイズされた「密結合」なレガシーシステムが多く残存しています。最新のAIエージェントを導入しようとしても、肝心の在庫データや顧客データがAPIで外部から叩ける状態になっていない、あるいはデータがサイロ化しているケースが散見されます。AIエージェントを動かすための「足回り」であるデータ基盤の整備が、多くの日本企業にとって先決課題となるでしょう。
ガバナンスと責任分界点の再定義
AIが「自律的に行動する」ようになると、ガバナンスの重要性は飛躍的に高まります。もしAIエージェントが誤って大量発注を行ったり、差別的な条件で取引を行ったりした場合、その責任は誰が負うのでしょうか。日本の法律ではAI自体に法人格は認められていないため、基本的には運用する企業の責任となります。
企業は、AIエージェントが実行可能なアクションの範囲(権限)を厳密に定義し、人間による承認プロセス(Human-in-the-loop)をどの段階で挟むかを設計する必要があります。利便性とリスク管理のバランスをどう取るかが、プロダクトマネージャーや法務担当者の腕の見せ所となります。
日本企業のAI活用への示唆
Googleの今回の動きは、AIが「賢い辞書」から「優秀な代行者」へとシフトしていることを明確に示しています。これを踏まえ、日本企業は以下の3点を意識して実務を進めるべきです。
- 「おもてなし」の自動化設計:単なる省人化ではなく、顧客体験価値を高めるためのエージェント設計を行うこと。特に、AIが解決できない場合にスムーズに人間にエスカレーションする導線設計が、日本市場での信頼獲得には不可欠です。
- バックエンドのAPI化とデータ整備:どれほど高度なAIモデルを導入しても、社内システムと接続できなければエージェントは機能しません。AI活用を見据え、在庫・決済・顧客データベースのAPI化を急ぐ必要があります。
- 実行権限のガバナンス策定:AIに「どこまで任せるか」の線引きを明確にすること。特に金銭が動く決済や契約においては、AIの暴走を防ぐガードレール(安全策)の実装が必須要件となります。
