個人消費者が将来の物価上昇をChatGPTに尋ねる事例が増えていますが、企業が同様のアプローチを経営判断に用いるには慎重さが求められます。大規模言語モデル(LLM)の本質的な仕組みを踏まえ、市場分析やシナリオプランニングにおける実務的な活用法と、日本企業が留意すべきリスクについて解説します。
AIに「未来」を聞くことの意味とリスク
海外のニュースメディアにおいて、個人ユーザーが「2026年に価格が急騰する品目は何か」をChatGPTに予測させた記事が話題となっています。生活防衛の観点からAIを相談相手にする動きは自然な流れと言えますが、これを企業の経営企画やマーケティング、調達部門の意思決定にそのまま適用できるかというと、そこには大きな断絶があります。
まず、大規模言語モデル(LLM)は「未来予知マシン」ではないという大前提を再確認する必要があります。LLMは過去の膨大なテキストデータを学習し、文脈に基づいて「次に来るもっともらしい単語」を確率的に予測するツールです。Webブラウジング機能を備えたモデルであれば、直近の経済レポートやニュースを検索・参照することは可能ですが、それはあくまで「現在Web上に存在する他者の予測」を要約しているに過ぎません。AI自体が独自の計量経済モデルを回して数値を算出しているわけではないのです。
「ハルシネーション」と情報の鮮度
実務で市場予測にAIを活用する際、最大のリスクとなるのが「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」です。AIは論理的な整合性よりも、言語的な流暢さを優先する傾向があります。そのため、存在しないアナリストレポートを根拠に挙げたり、過去のインフレ率の数値を混同したりする可能性があります。
また、日本企業にとって重要な「円安の動向」や「国内特有の労働力不足によるコスト増」といったトピックは、英語圏の学習データが中心の汎用モデルでは解像度が低くなる傾向があります。グローバルな原油価格のトレンドは捉えられても、日本の商習慣や法改正(例:物流の2024年問題など)が価格転嫁に与えるタイムラグまでは、正確に織り込めないケースが多いのです。
実務における正しい活用法:予測ではなく「シナリオ生成」
では、企業は市場分析に生成AIを使うべきではないのでしょうか。答えはNoです。使い方の視点を「正解を求める」ことから「思考の補助」へと切り替えることで、強力な武器になります。
推奨される活用法の一つは、「RAG(検索拡張生成)」の仕組みを取り入れた分析です。社内で契約している信頼できる調査会社のレポートや、政府統計、業界紙のニュースをAIに参照データとして与え、それを基に分析させる手法です。これにより、情報の出所が明確になり、ハルシネーションのリスクを大幅に低減できます。
また、AIを「予測者」ではなく「シナリオプランナー」として使うアプローチも有効です。「もし原油価格が10%上昇し、かつ円相場が1ドル160円で定着した場合、当社のサプライチェーンにどのような影響が考えられるか、多角的な視点で5つのシナリオを提示せよ」といったプロンプト(指示)は、人間の担当者が見落としがちなリスク要因(ブラックスワン)を洗い出すブレインストーミングの相手として非常に優秀です。
日本企業のAI活用への示唆
1. 「AIの回答」をそのまま稟議に通さない
生成AIが出力した予測数値や見解を、裏付けなしに経営会議や事業計画の根拠として使用することは避けるべきです。必ず一次情報(出典元のレポートなど)へ人間が当たり、検証するプロセス(Human-in-the-Loop)を業務フローに組み込む必要があります。AIはあくまで「情報の整理・要約・視点出し」のアシスタントと位置づけましょう。
2. 独自データとの結合が競争力の源泉
汎用的なAIモデルに一般的な質問をしても、競合他社と同じような回答しか得られません。日本企業が独自の勝ち筋を見つけるには、社内に蓄積された過去の販売データや調達コストの推移などの「内部データ」を、セキュアな環境下でAIに読み込ませて分析する基盤(データガバナンスの整備)が不可欠です。
3. 言語の壁と文脈理解への配慮
海外製のAIモデルを利用する場合、日本の「空気感」や「業界特有の商慣習」を完全には理解していないことを前提とすべきです。出力された日本語が自然であっても、その背後にあるロジックが欧米の市場環境に基づいている可能性があります。日本国内の規制や市場動向に精通した担当者が、AIの出力をフィルタリングする体制が求められます。
