22 1月 2026, 木

「AI任せ」の業務が法的に無効になるリスク──オランダの結婚式事例から学ぶ、生成AIの法的境界と責任論

オランダで、登記官が結婚式の誓いの言葉をChatGPTに作成させた結果、婚姻が無効と判断されるという事例が発生しました。この一見ユニークなニュースは、ビジネスにおける「AIによる代行」がどこまで許容されるかという深刻な問いを投げかけています。本稿では、この事例を端緒に、日本企業が直面するAI活用の法的リスクと、業務プロセスにおける「人間の責任(Human-in-the-loop)」の重要性について解説します。

オランダの事例が示唆する「職務の代行」の限界

The Timesの報道によると、オランダのあるカップルが、登記官(registrar)が結婚式の式辞の一部をChatGPTに作成させたことを理由に、婚姻が無効であると告げられました。この登記官は、多忙あるいは効率化を理由に生成AIを利用したと思われますが、結果として「公的な職務を人間自身が遂行していない」と判断された形です。

このニュースは、単なる笑い話ではありません。ここには、生成AI時代における「真正性(Authenticity)」と「法的責任」という極めて現代的な課題が含まれています。AIが生成したテキストは、その内容がどれほど優れていたとしても、人間が思考し、意志を持って発した言葉と同等の法的・社会的効力を持つのか? この問いは、企業の契約業務、人事評価、公的な報告書作成など、あらゆるビジネスシーンに波及します。

日本企業におけるAI活用のリスク:契約と意思決定

日本国内のビジネス実務に置き換えて考えてみましょう。現在、多くの企業が業務効率化のためにLLM(大規模言語モデル)を活用し、議事録の要約やメールの下書き、さらには契約書のドラフト作成を行っています。これら自体は非常に有益なユースケースです。

しかし、リスクが生じるのは「AIのアウトプットを、人間の確認なしにそのまま最終成果物とする」場合です。例えば、AIが自動生成した契約書をそのまま相手方に送付し、そこに法的に不利な条項や、日本の商慣習にそぐわない表現(ハルシネーション含む)が含まれていた場合、企業は「AIがやったこと」として免責されるでしょうか。答えは否です。

日本の民法において、契約は当事者の「意思表示」によって成立します。AIには法的な人格がないため、意思表示の主体にはなり得ません。AIが作成した文書を人間が確認(レビュー)し、承認するプロセスを経て初めて、それは企業の「意思」となります。オランダの事例は、この「人間による関与」が欠落した時、その行為自体が無効、あるいは職務怠慢とみなされるリスクを浮き彫りにしています。

「Human-in-the-loop」の実装とガバナンス

この問題に対する実務的な解は、技術的な制限ではなく、運用プロセスにおける「Human-in-the-loop(人間参加型)」の徹底にあります。AIはあくまで「草案作成者(Co-pilot)」であり、「承認者(Pilot)」ではないという原則を組織内で確立する必要があります。

特に、以下の3つの領域では、AIへの完全な委任は避け、人間による高度な判断を残すべきです。

  • 法的拘束力を持つ文書:契約書、覚書、利用規約の改定など。弁護士法(非弁行為)との兼ね合いも含め、最終的なリーガルチェックが必須です。
  • 人事・評価に関する決定:採用の合否や人事考課。AIによるバイアスのリスクに加え、説明責任(アカウンタビリティ)が人間に求められます。
  • 顧客への謝罪・重要なお知らせ:形式的な文章であればあるほど、AIが書いたと発覚した際のレピュテーションリスク(評判の失墜)は甚大です。

日本企業のAI活用への示唆

今回の事例を踏まえ、日本の経営層やAI導入担当者が意識すべきポイントは以下の通りです。

1. 「作成」と「責任」の分離と定義
AIツールを利用すること自体を禁止するのではなく、「AIが作成した成果物に対する全責任は、それを利用した人間(従業員)にある」という原則を社内ガイドラインで明確化してください。「AIが間違えた」という言い訳は、社外的にも法的にも通用しません。

2. 承認プロセスのログ管理(MLOps/ガバナンス)
重要な意思決定や文書作成において、どの段階でAIが生成し、どの段階で人間が修正・承認したかという履歴(ログ)を残す体制が推奨されます。これはトラブル時の証跡となるだけでなく、AIの精度向上のためのフィードバックデータとしても活用できます。

3. 「人間味」が価値となる業務の再定義
オランダの登記官の失敗は、結婚式という「人間味」や「感情」が最も重視される場面で効率化を優先しすぎた点にあります。日本企業においても、「効率化すべき業務」と「人間が汗をかくべき業務(顧客との信頼関係構築や、微妙なニュアンスを要する折衝)」を明確に区別することが、AI導入成功の鍵となります。

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