米暗号資産取引所Geminiの共同創設者がカリフォルニア州ニューサム知事を批判した一件は、単なる暗号資産市場のニュースにとどまらず、テック・イノベーションと法規制の緊張関係を浮き彫りにしています。本稿では、この事例を「規制当局とテック企業の対立」という視点で捉え直し、現在AI分野で進行している法規制の議論や、日本企業が意識すべき地政学的リスクについて解説します。
カリフォルニア州vsテック業界:規制強化の波紋
先日、暗号資産取引所Geminiの共同創設者であるタイラー・ウィンクルボス氏が、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事の政策を強く批判しました。報道によれば、州当局による規制強化が実質的に個人の資産形成を阻害しているという主張です。このニュースは一見、AI分野とは無関係な「暗号資産(クリプト)」の話題に見えますが、AI実務者にとっても看過できない重要なコンテキストを含んでいます。
それは、シリコンバレーを擁するカリフォルニア州が、先端技術に対してどのような「ガバナンス姿勢」を取ろうとしているかという点です。同州は現在、消費者保護やプライバシー保護の観点からテック企業への規制を強める傾向にあり、この波は暗号資産だけでなく、生成AIや大規模言語モデル(LLM)の開発現場にも押し寄せています。
AI規制法案「SB 1047」に見るジレンマ
カリフォルニア州の動向を語る上で欠かせないのが、AIの安全性に関する法案「SB 1047」を巡る議論です。この法案は、大規模なAIモデルの開発者に対して厳格な安全性テストを義務付けるものでしたが、2024年9月末にニューサム知事が拒否権を行使しました。
暗号資産に対しては厳しい消費者保護の姿勢を見せる一方で、AIに関しては「過度な規制がイノベーションを阻害し、オープンソースコミュニティを萎縮させる」という業界の声に配慮した形となります。この「硬軟使い分ける」不安定な規制環境こそが、米国発のAIモデルやAPIを利用する日本企業にとっての潜在的なリスク要因となります。
「ソフトロー」の日本と「ハードロー」の欧米
日本国内に目を向けると、現時点ではAI事業者ガイドラインを中心とした「ソフトロー(拘束力のない規範)」によるガバナンスが主流です。これは企業の自主性を重んじ、技術の社会実装を加速させるメリットがあります。しかし、グローバルなAIサプライチェーンにおいては、欧州の「AI法(EU AI Act)」や、米国カリフォルニア州のような事実上の世界標準となり得る地域の「ハードロー(法的拘束力のある規制)」の影響を避けて通ることはできません。
例えば、日本企業が開発や業務で利用しているオープンソースのLLM(Llamaなど)や商用APIが、開発元の州法規制によって提供形態を変更したり、特定地域のユーザーを利用制限したりする可能性はゼロではありません。今回のGemini取引所の事例は、州政府の方針一つで事業環境が激変し得ることを示唆しています。
日本企業のAI活用への示唆
以上の動向を踏まえ、日本企業の意思決定者やエンジニアは以下の点に留意してAI活用を進めるべきです。
- プロバイダーの多様化とロックイン回避:
特定の米国ベンダーや特定のモデル(特に規制の激しい州に拠点を置く企業のもの)のみに依存するのではなく、複数のモデルを切り替えられるアーキテクチャ(LLM Gatewayなど)を採用し、地政学的・規制リスクに備えること。 - 「説明可能性」と「監査」の準備:
日本の規制が緩やかであっても、グローバル展開や外資系パートナーとの取引を見据え、自社のAIシステムがどのようなデータで学習され、どのようなリスク対策を講じているかを説明できるガバナンス体制を今のうちから整備すること。 - 規制動向のモニタリング:
AIの性能だけでなく、開発元が拠点を置く国や地域の「政治的・法的リスク」も選定基準に加えること。ニューサム知事のようなキーマンの動向は、技術トレンドと同等にビジネスへの影響力を持ちます。
技術は国境を越えますが、法律は国境の内側で執行されます。このギャップを埋めるのが、実務者の冷静なリスクマネジメント能力です。
