米国のテック大手はAIを「次世代のプラットフォーム」と位置づけ、スマートフォンやアプリのあり方を根本から変えようとしています。しかし、アプリ開発者やサービス提供者は、AIがユーザーとの間に介在することに強い警戒感を抱いています。本稿では、WIREDの記事を起点に、AIエージェントがもたらすビジネス構造の変化と、日本の事業者が備えるべき「脱UI」時代の戦略について解説します。
AIが「OS」になる世界の摩擦
かつてスマートフォンが登場し、ウェブからアプリへと主戦場が移ったように、現在シリコンバレーでは「AIそのものがプラットフォーム(OS)になる」というビジョンが描かれています。OpenAIやAmazon、Appleなどが目指しているのは、ユーザーが個別のアプリを開いて操作するのではなく、AIに「旅行を予約して」「夕食のデリバリーを頼んで」と話しかけるだけで完結する世界です。
WIREDの記事が指摘するように、この構想は技術的な課題以上に、ビジネスモデル上の大きな摩擦を生んでいます。アプリ開発者やサービス事業者にとって、自社のアプリを開いてもらえなくなることは、ブランド接点の喪失、広告収入の激減、そしてユーザー行動データの欠落を意味するからです。
日本企業が懸念すべき「ラストワンマイル」の喪失
日本国内の文脈に置き換えて考えてみましょう。多くの日本企業は、ポイント経済圏や自社アプリのUX(ユーザー体験)を通じて顧客を囲い込んできました。しかし、AIエージェントが普及すれば、ユーザーは「どのアプリを使うか」を意識しなくなる可能性があります。
例えば、ユーザーがAIに「一番安くて評価の高いホテルを予約して」と頼んだ場合、AIは各旅行サイトのデータベースにアクセスし、予約処理だけを実行するかもしれません。結果として、サービス事業者は単なる「バックエンドの機能提供者」となり、顧客との直接的なつながり(ラストワンマイル)をAIプラットフォーマーに奪われる「中抜き」のリスクが生じます。これは、検索エンジンのSEO対策以上にシビアな、生存をかけた構造変化と言えます。
「人間向け」から「AI向け」へのインターフェース転換
この変化は、日本のデジタル戦略に根本的な見直しを迫ります。これまでは「人間にとって使いやすい画面(UI)」を作ることが最優先でした。しかし、今後は「AIエージェントが読み取りやすく、操作しやすいインターフェース(API)」の整備が競争力を左右することになります。
日本の商習慣において、複雑な約款や独自の入力フォーム、PDF中心の情報開示は依然として一般的です。しかし、これらはAIエージェントにとって「解読困難な障壁」となり、AIが推奨する選択肢から自社サービスが除外される要因になりかねません。生成AIやLLM(大規模言語モデル)が正しく自社の製品・サービスを理解し、ユーザーに提案できるようにするためには、データの構造化やAPIの開放といった地味ながらも堅実な基盤整備が急務となります。
AIガバナンスとブランドの保護
また、AIがユーザーの代わりに意思決定や操作を行う場合、ガバナンスの問題も浮上します。もしAIが誤って高額な商品を注文したり、意図しないプランを契約したりした場合、その責任はAIプラットフォーマーにあるのか、サービス提供者にあるのか、それともユーザーにあるのか。日本の法制度や商習慣はまだこの議論に追いついていません。
さらに、AIが自社ブランドについて誤った説明(ハルシネーション)を行い、それがユーザーの購買行動に影響を与えるリスクも考慮する必要があります。企業はAIを活用するだけでなく、「AIからどう見られているか」を監視し、管理する新たなリスクマネジメントが求められます。
日本企業のAI活用への示唆
AIデバイスやエージェントの普及を見据え、日本の意思決定者やエンジニアは以下の点に留意して戦略を練るべきです。
- 顧客接点の再定義:自社アプリやWebサイトへの集客だけに固執せず、AIプラットフォーム経由でサービスが利用されることを前提としたビジネスモデル(APIエコノミーへの適応)を検討すること。
- データ構造化とAPI整備:AIエージェントが自社サービスをスムーズに利用できるよう、レガシーシステムの刷新やAPIのモダン化を進めること。これは「人間向けのDX」から「AI向けのDX」へのシフトを意味します。
- 利用規約と責任分界点の見直し:AIエージェントによる自動操作を許容するかどうか、その場合の免責事項はどうするかなど、法務・コンプライアンス面での準備を早期に進めること。
- 「選ばれる」ためのロジック構築:検索エンジンのアルゴリズム対策と同様に、AIが自社製品を推奨するようなデータの整備や、AI学習データへの適切な情報提供を行うこと。
