生成AIの登場から時間が経過し、多くの企業が実証実験(PoC)から実運用フェーズへの移行を模索しています。Epidemic SoundのCEO、Oscar Höglund氏らが語る「AI時代のビジネスの未来」をテーマに、単なる効率化にとどまらない本質的な競争優位性の作り方を解説します。日本の商習慣や法規制を踏まえ、組織がどのようにリスクを管理しつつAIを実装すべきか、実務的な視点で紐解きます。
ツール導入ではなく「ビジネスモデルの再定義」が鍵
AIブームの初期段階では、「どのLLM(大規模言語モデル)を使うか」「社内WikiをどうRAG(検索拡張生成)で構築するか」といった技術選定に注目が集まりました。しかし、Oscar Höglund氏のようなテック業界のリーダーたちが示唆するのは、より本質的な問いです。それは「AIを前提とした場合、我々のビジネスモデルはどうあるべきか」という点です。
日本企業の多くは、既存業務の「省力化」にAIを使いがちです。議事録作成や翻訳、コーディング補助などは確かに有用ですが、それだけでは競合他社との差別化にはなりません。真に先行者となる企業は、AIによって「これまで不可能だった顧客体験」を提供したり、「コンテンツの生成コストを劇的に下げて市場を広げたり」することに成功しています。AIは単なる自動化ツールではなく、バリューチェーンを再構築する触媒として捉える必要があります。
「Human-in-the-loop」による品質と責任の担保
生成AIの出力は、確率的であり、時に「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」を含みます。ここで重要になるのが、AIと人間が協調するワークフロー、すなわち「Human-in-the-loop(人間参加型)」の設計です。
日本のものづくりやサービス業には、細部へのこだわりや品質への高い要求(いわゆる現場力)という強みがあります。AIにドラフトを作成させ(0→1)、人間が文脈やニュアンス、事実確認を行って仕上げる(1→10)。このプロセスを適切に設計できるかどうかが、実務での成否を分けます。特に法規制や倫理的配慮が求められる金融・医療・公共インフラなどの分野では、AI任せにするのではなく、最終的な承認権限と責任を人間が持つガバナンス体制が不可欠です。
日本企業が直面する「PoC疲れ」とMLOpsの重要性
多くの日本企業が直面しているのが「PoC(概念実証)疲れ」です。デモ環境では動いたが、本番環境での運用コスト、回答精度の維持、データセキュリティの壁に阻まれ、プロジェクトが頓挫するケースです。
これを突破するには、AIモデルそのものよりも、それを支えるインフラと運用基盤(MLOps/LLMOps)への投資が必要です。継続的なデータの更新、モデルのモニタリング、そしてシステム全体の安定稼働を支えるエンジニアリング力こそが、長期的な競争力となります。営業部門やマーケティング部門主導で始まったAIプロジェクトも、早期にIT部門や法務部門を巻き込み、スケーラブルな体制を築くべきです。
日本独自の法規制とリスクマネジメント
グローバルなAI競争において、日本は実は「AI開発・学習」に有利な環境にあります。著作権法第30条の4は、情報解析(AI学習など)を目的とする場合、原則として著作権者の許諾なく著作物を利用できるとしており、これは世界的に見てもプロ・イノベーションな法規制です。
一方で、生成された「出力物」を商用利用する際には、既存の著作権を侵害していないか慎重な判断が求められます。また、EUのAI法(EU AI Act)のような海外規制の影響も受けるため、グローバル展開する日本企業は、国内法だけでなく国際基準のガバナンス(AI Governance)に対応する必要があります。リスクを恐れて全面禁止にするのではなく、「入力して良いデータ」と「禁止データ(個人情報や機密情報)」を明確に区分けし、安全なサンドボックス環境を従業員に提供することが、リテラシー向上への近道です。
日本企業のAI活用への示唆
最後に、AI時代に「先行者」となるために、日本の組織が意識すべきポイントを整理します。
- 「効率化」から「価値創出」へのシフト:コスト削減だけでなく、AIを使ってどのような新しい顧客価値を生み出せるかを経営レベルで議論する。
- 現場の暗黙知の形式知化:熟練社員のノウハウをデータ化し、AIに学習・参照させることで、技術継承と業務品質の均一化を図る。
- 失敗を許容するアジャイルな組織文化:完璧な計画を立ててから動くのではなく、小規模な実装とフィードバックを高速で回す文化への変革。
- AIガバナンスの確立:「禁止」ではなく「ガードレール」を設ける。法務・セキュリティ・事業部が連携したガイドライン策定と運用。
AIはもはや「未来の技術」ではなく「現代のインフラ」です。技術の進化を待つのではなく、現在の技術で何ができるかを見極め、泥臭い実務への適用を進めた企業こそが、次の時代のリーダーとなるでしょう。
