米オンライン旅行代理店(OTA)大手のエクスペディアが、生成AIの波に対抗するのではなく、ChatGPTのエコシステムに深く入り込む戦略を取っていることは、多くの企業にとって重要なケーススタディです。将来的に「AIエージェント」が人間の代わりに予約や購買を行う世界を見据え、企業はどのように自社のサービスやデータを再定義すべきか。グローバルの最新動向を基に、日本企業が取るべき戦略を解説します。
「検索」から「自律型エージェント」へのパラダイムシフト
生成AI、特に大規模言語モデル(LLM)の進化において、現在もっとも注目されているトピックの一つが「AIエージェント」です。これは、単にチャットで質問に答えるだけでなく、ユーザーの目標(例:「来週の京都出張の手配」)を理解し、フライトの検索からホテルの予約、スケジュールの調整までを自律的に実行するシステムを指します。
米ニュースメディア『The Information』の記事が指摘するように、エクスペディア(Expedia)などの旅行大手は、将来的に「人間が検索して予約する」のではなく、「AIエージェントが人間に代わって予約する」未来を想定しています。従来、OTA(オンライントラベルエージェント)は、優れた検索UI/UXでユーザーを囲い込むことが競争力の源泉でした。しかし、インターフェースがChatGPTのようなチャットボットに移れば、自社サイトへの直接訪問は減少する可能性があります。
ここでエクスペディアが取った戦略は、OpenAIなどのプラットフォーマーと敵対して自社データを囲い込むことではなく、逆に積極的にAPIを開放し、ChatGPTのプラグインとして機能統合することでした。これは「AIに顧客を奪われる」リスクよりも、「AIが動くために不可欠なインフラになる」メリットを選んだといえます。
ハルシネーション対策としての「信頼できるデータ」の価値
なぜエクスペディアはこの戦略を選べるのでしょうか。それは、生成AIが抱える最大のリスクである「ハルシネーション(もっともらしい嘘をつく現象)」に関係しています。
LLMは言葉を紡ぐ能力には長けていますが、現在の空室状況や正確なフライト価格といった「リアルタイムの事実」を知ることは苦手です。AIエージェントが実務で機能するには、正確な在庫データとトランザクション(決済・予約処理)機能を持つ外部システムとの連携が不可欠です。
エクスペディアは、自社が長年蓄積してきた「正確な旅行データ」と「確実に予約を完遂させる決済基盤」を提供することで、AIにとっての「信頼できる情報源(Ground Truth)」の地位を確立しようとしています。これは、独自の商流や深いドメイン知識を持つ日本企業にとっても大きなヒントになります。AI自体を作る競争に参加せずとも、AIが正しく動くための「高品質なデータとAPI」を提供することで、エコシステム内での不可欠な地位を築くことができるのです。
日本企業のAI活用への示唆
エクスペディアの事例は、独自のサービスやプロダクトを持つ日本企業に対し、以下のような実務的な示唆を与えています。
1. 「AIに読ませる」ためのAPI整備と標準化
日本企業の多くは、画面(GUI)の使いやすさには投資してきましたが、外部システム連携のためのAPI整備は遅れている傾向にあります。今後は「AIエージェント」が御社のAPIを叩いて注文や問い合わせをしてくる可能性があります。自社のサービスが、プログラムから容易に利用可能な状態(Machine Readable)になっているか、レガシーシステムのモダナイズが急務となります。
2. 独自データの構造化と権利保護
AIプラットフォーマーに対抗する武器は「独自データ」です。社内に散在する非構造化データ(日報、マニュアル、顧客の声など)や、リアルタイムの在庫・稼働データをきれいに整備(クレンジング)し、AIが参照しやすい形にしておくことが、将来的な競争優位につながります。同時に、データを無断学習されないための利用規約の改定や、セキュリティガバナンスの強化もセットで検討する必要があります。
3. 顧客接点の再定義
もし顧客との接点がChatGPTやLINEなどの「対話型AI」に移った場合、自社ブランドはどう認知されるべきでしょうか。「便利で正確な黒子(バックエンド)」に徹するのか、それとも独自のAI接点を構築して顧客を維持するのか。経営層とプロダクト責任者は、AIエージェント時代のビジネスモデルを今からシミュレーションしておくべきです。
