米半導体大手AMDのリサ・スーCEOは、AIの普及が企業の採用ペースを減速させることはなく、むしろ「誰を採用するか」という基準を変化させていると語りました。この発言は、AIを単なるコスト削減や人員削減の手段として捉えるのではなく、組織の能力を底上げするための「触媒」として位置づける重要性を示唆しています。労働人口の減少という構造的な課題を抱える日本企業において、この「スキルの転換」をどのように実務へ落とし込むべきか解説します。
AIによる「代替」ではなく「拡張」という視点
AMDのリサ・スーCEOがCNBCのインタビューで述べた「AIは人を置き換えるものではないが、採用対象を変えつつある」という見解は、シリコンバレーのみならず、日本の産業界にとっても重要なメッセージを含んでいます。多くの経営層や現場リーダーは、生成AIの導入を「業務効率化による工数削減」という文脈で語りがちです。しかし、半導体業界のトップランナーが示しているのは、単純なヘッドカウント(従業員数)の削減ではなく、組織に必要な「質」の変化です。
AIは定型業務を自動化する一方で、より高度な判断や創造的なタスク、あるいはAIが出力した結果の検証(バリデーション)といった新たな業務を生み出しています。つまり、AIを使いこなすことで従業員一人ひとりの生産性を「拡張(Augmentation)」できるかどうかが、企業の競争力を左右するフェーズに入っています。
日本特有の「労働力不足」とAI活用の親和性
米国では、AIによる雇用の喪失がしばしば懸念材料として議論されますが、日本における文脈は少し異なります。少子高齢化による深刻な労働力不足(人手不足)に直面している日本企業にとって、AIは「人の職を奪う脅威」ではなく、「不足するリソースを補完する救世主」としての側面が強いと言えます。
日本企業の多くは、メンバーシップ型雇用(職務を限定しない雇用)を前提としており、欧米のようにスキルセットが合わなくなった人材を即座に入れ替えることは法規制や商習慣上、容易ではありません。そのため、外部から「AI人材」を採用するだけでなく、既存社員の「リスキリング(再教育)」を通じて、AIを活用できる人材へと転換させることが、現実的かつ持続可能な戦略となります。
求められるスキルの変化と採用基準
では、「採用される人物像が変わる」とは具体的にどういうことでしょうか。従来、エンジニアであればコーディングの速度や特定言語の習熟度が重視されましたが、GitHub Copilotなどのコーディング支援AIが普及した現在、重要視されるのは「AIに適切な指示を出す設計能力」や「生成されたコードのセキュリティリスクやロジックの正当性を評価する目」です。
非エンジニア職種においても同様です。単に文章が書ける、調査ができるというスキル以上に、LLM(大規模言語モデル)の特性(ハルシネーションのリスクなど)を理解した上で、業務フローの中にAIを適切に組み込み、最終的な成果物の責任を持てる能力が求められます。これは、AIガバナンスやコンプライアンスへの理解とも直結します。
日本企業のAI活用への示唆
AMDの事例やグローバルの動向を踏まえ、日本企業がとるべきアクションは以下の3点に集約されます。
1. 「削減」ではなく「付加価値」へのマインドセット転換
AI導入のKPIを単なる「削減時間」に設定すると、現場は縮小均衡に陥ります。空いた時間でどのような新しい価値(新規事業開発、顧客接点の強化、品質向上など)を生み出すかという「付加価値」に焦点を当てるべきです。
2. 全社的なAIリテラシー教育(リスキリング)の制度化
一部のデータサイエンティストだけがAIを使うのではなく、営業、人事、経理などあらゆる部門が、それぞれの業務ドメイン知識とAIを掛け合わせられるよう教育投資を行う必要があります。これは、流動性の低い日本の労働市場において、組織全体の生産性を上げるための最も確実な投資です。
3. ガバナンスを前提とした自律的な活用文化の醸成
「AIを使ってよいか」を逐一管理職に確認するのではなく、守るべきガイドライン(機密情報の取り扱い、著作権リスクなど)を明確にした上で、現場が自律的にツールを選定・活用できる環境を整えることが重要です。ツールありきではなく、課題解決のために「どの部分をAIに任せ、どの部分を人が担うか」を判断できる人材を評価・登用する人事制度へのアップデートが求められます。
