米国ワシントン州ベリンハム市で、職員がChatGPTに対し「特定のベンダーを契約から排除するための条件」を作成させた疑惑が報じられました。生成AIが業務効率化のツールから「不正の正当化」に使われかねないこの事例は、DXを推進する日本企業や行政機関にとっても、ガバナンスのあり方を問う重要なケーススタディとなります。
AIによる「公平性のカモフラージュ」というリスク
生成AIの導入が進む中で、業務効率化や文書作成の支援といったメリットが強調されがちですが、その裏には「人間の悪意や偏見をAIによってもっともらしく見せる」という新たなリスクが潜んでいます。米国のニュースメディアSalish Currentなどが報じたところによると、ワシントン州ベリンハム市の職員が、市の契約業務において特定のベンダーを意図的に排除するための条件案をChatGPTに作成させていた疑いが浮上しました。
この事例が示唆するのは、AIが単に誤情報を出力する(ハルシネーション)リスクだけでなく、ユーザーの意図的な誘導(プロンプト)に従って、不公平なプロセスを「論理的で客観的な文章」として出力してしまうリスクです。AIによって作成された契約要件や評価基準は一見すると専門的で整った文章に見えるため、その背後にある「排除の意図」が隠蔽されやすくなります。
日本企業・行政における調達・契約業務への示唆
日本国内においても、自治体や企業の調達部門、購買部門でのAI活用が検討され始めています。仕様書の作成補助や、契約書ドラフトのチェックなどはLLM(大規模言語モデル)が得意とする領域です。しかし、今回の米国の事例は、こうしたプロセスに潜むコンプライアンス上の重大な穴を浮き彫りにしました。
日本の商習慣では、下請法や独占禁止法といった法規制に加え、企業の社会的責任(CSR)としての公平な取引が強く求められます。もし担当者が「使いにくい既存ベンダーを切り替えたい」という個人的な動機で、生成AIに「〇〇社が不利になるような技術要件を挙げて」と指示し、出力されたそれらしい要件を仕様書に盛り込んだ場合、どうなるでしょうか。それは形式上は整っていても、実質的には不正な入札操作や差別的取り扱いに他なりません。
これまでは担当者が自らの頭で「言い訳」を考える必要がありましたが、生成AIを使えば、高度な専門用語を織り交ぜた「排除の論理」を瞬時に生成できてしまいます。これは、不正のハードルを著しく下げる危険性があります。
シャドーAIと監査の難しさ
この問題の根深さは、多くの組織で「誰がどのようなプロンプト(指示)を入力したか」が完全に可視化されていない点にあります。特に、企業が認可していない個人のアカウントや無料版のツールを使用する「シャドーAI」の状態では、業務ログが組織の管理下に残りません。
また、企業版のAIツールを導入していたとしても、出力された「成果物(ドキュメント)」だけが共有され、その生成過程である「プロンプト」がブラックボックスのままであれば、その文章が公平な観点で作られたものか、意図的なバイアスを注入されたものかを事後的に検証することは極めて困難です。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例を踏まえ、日本企業や組織がAIガバナンスを構築する上で考慮すべきポイントは以下の通りです。
- プロンプトの透明性と監査性
生成AIを重要な意思決定や契約業務に使用する場合、出力結果だけでなく「どのような指示を与えたか」というプロンプトの履歴をログとして保存・監査できる環境(エンタープライズ版の契約など)を整備する必要があります。 - 倫理ガイドラインの具体化
「AIを倫理的に使う」という抽象的な指針だけでなく、「特定の他者を不当に傷つける、または排除する目的でAIに論理構築をさせてはならない」といった具体的な禁止事項を社内規定に盛り込むことが推奨されます。 - 「AI作成」の明示と人間による責任
重要なドキュメントについては、AIが下書きをしたものであっても、最終的な承認者がその内容の公平性に全責任を持つことを再確認する必要があります。「AIがそう提案したから」という理由は、コンプライアンス違反の免罪符にはなりません。 - 意図的なバイアス検証の導入
AI活用が進んでいる組織では、逆に「この要件定義書に特定のベンダーを排除するような不自然なバイアスが含まれていないか」をAIにチェックさせる、といった相互監視のワークフローを組み込むことも一つの防衛策となり得ます。
AIは強力なツールですが、それは使う人間の意図を増幅する鏡でもあります。技術的な導入だけでなく、それを扱う人間のモラルと、それを担保する組織的な仕組み作りが急務です。
