海外の映画予告編に生成AIサービスの透かし(ウォーターマーク)がそのまま残り、批判を浴びる事案が発生しました。この事例は、単なる編集ミスにとどまらず、企業のAIガバナンスや品質管理体制における重要な教訓を含んでいます。本記事では、この騒動を題材に、日本企業が生成AIをクリエイティブや対外成果物に適用する際のリスク管理と実務上の留意点を解説します。
「AI透かし」が招いた信頼の失墜
インド映画「Jana Nayagan」の予告編において、映像の一部にGoogleの生成AI「Gemini」のロゴ(透かし)が視認できる状態で残っていたことが発覚し、SNSを中心に批判的な指摘が相次ぎました。視聴者は0分23秒付近のカットにAIの痕跡を見逃さず、これが「手抜き」や「品質軽視」であるとして、制作サイドへのトローリング(荒らし行為)に発展しています。
この事案は、生成AIの技術的な欠陥ではなく、それを利用する人間の運用プロセス(Human-in-the-loop)の欠如によって引き起こされた典型的なトラブルです。日本国内でも広告画像やWeb素材への生成AI活用が進む中、同様のミスは対岸の火事ではありません。
なぜ「透かし」が残ったのか:ライセンスとツール選定の罠
GeminiやMidjourney、DALL-E 3などの画像生成AIは、特定の条件下(無料版の使用や、特定の設定時)で生成物に透かし(ウォーターマーク)を埋め込むことがあります。これは、AI生成コンテンツであることを明示し、誤情報の拡散を防ぐためのプラットフォーマー側の安全策(AIガバナンス)の一環です。
プロフェッショナルな制作現場で透かしが残った背景には、以下の可能性が考えられます。
- シャドーAI(Shadow AI)のリスク: 組織として認可されたエンタープライズ版ツールではなく、担当者が個人の無料アカウントや一般コンシューマー向けツールを使用して生成した。
- 商用利用規約の理解不足: 透かしが入るプランや設定は、商用利用において制約がある場合が多いにもかかわらず、規約確認を怠った。
- チェック体制の形骸化: 従来のCGや素材と同様のフローで確認を行い、「AI特有のノイズや透かし」を検知する専用のQC(品質管理)工程がなかった。
日本市場における「品質」とレピュテーションリスク
日本市場は、世界的に見ても品質に対する要求水準が極めて高い市場です。クリエイティブにおける些細なミスが、ブランド全体の「信頼(Trust)」を損なう結果を招きかねません。
生成AIを活用すること自体は、業務効率化やコスト削減の観点から推奨されるべきですが、その結果として「安っぽさ」や「手抜き感」が露呈することは、特にブランドイメージを重視する日本企業にとって致命的です。「AIを使ったから品質が落ちた」と認識されることは、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進の阻害要因にもなり得ます。
生成AI活用の「ラストワンマイル」は人間が担う
今回の騒動が示唆するのは、生成AIはあくまで「素材生成機」であり、最終的な「製品」に仕上げるのは人間の役割であるという原則です。
AIが生成した画像や映像には、透かし以外にも、指の本数の異常、物理法則の無視、不自然な文字の羅列(ハルシネーションの一種)などが含まれる可能性があります。これらを修正・加工(レタッチ)し、自社の品質基準に適合させる「ポストプロセス」の工程を省くことはできません。AI導入のコストメリットを計算する際は、この人間による修正・確認コストも含める必要があります。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例を踏まえ、日本企業の実務担当者や意思決定者は以下のポイントを再確認すべきです。
1. エンタープライズ版の導入と利用規約の徹底
業務で利用する場合は、セキュリティや著作権保護が明確化されている有料のエンタープライズ版契約を原則とするべきです。無料版の使用は、透かしの問題だけでなく、入力データの学習利用による情報漏洩リスクも伴います。
2. AI生成物専用の品質チェックリストの作成
従来の制作フローに加え、AI生成物特有のチェック項目(透かしの有無、不自然な形状、バイアス表現など)を設ける必要があります。特に動画の場合、1フレーム単位での混入リスクがあるため、慎重な検品が求められます。
3. 「AI利用の開示」に関するポリシー策定
意図せず透かしが残ることは「ミス」ですが、一方で、AIを利用したことを透明性を持って開示することは「信頼」につながります。どのような場合にAIを利用し、それをどう表記するか(あるいは表記せずに人間が責任を持って修正するか)というガイドラインを策定し、組織全体で共有することが、炎上リスクを防ぐ第一歩となります。
