19 1月 2026, 月

「AIが法廷で嘘をつく」米国事例から学ぶ、生成AIのハルシネーションリスクと日本企業のガバナンス

米国オクラホマ州の法的紛争において、提出された書面内に生成AIによる「架空の判例」が含まれていた疑いが浮上しました。同様の事例は過去にも報告されており、生成AIの実務利用における「ハルシネーション(幻覚)」リスクが改めて浮き彫りになっています。本記事では、このニュースを起点に、日本企業がAIを業務に組み込む際に直面する正確性の課題と、実務的なガバナンスのあり方について解説します。

米国で繰り返される「AIによる架空判例」の提出

米国オクラホマ州で計画されていたテーマパーク「American Heartland」を巡る訴訟において、関係者が提出した法的文書に、AIが生成したと思われる「実在しない判例」が含まれていたという疑惑が報じられました。事実であれば、これは生成AIがもっともらしい虚偽情報を出力してしまう「ハルシネーション(Hallucination)」による典型的なトラブルです。

米国では2023年にも、弁護士がChatGPTを使用して作成した準備書面に架空の判例が含まれており、裁判所から制裁を科されるという事案が発生しています。今回のケースも同様の構造であり、専門家や実務家がAIの出力を十分な検証なしに公式文書として使用してしまった可能性が高いと言えます。これは、AIの能力に対する過信(Automation Bias)が、重大なコンプライアンス違反や信用の失墜につながるリスクを示唆しています。

なぜAIは「もっともらしい嘘」をつくのか

この問題を理解するためには、大規模言語モデル(LLM)の仕組みを再確認する必要があります。LLMは事実のデータベースを検索しているのではなく、学習した膨大なテキストデータをもとに、「次に来る可能性が最も高い単語(トークン)」を確率的に予測して文章を紡いでいます。

そのため、文脈上自然であれば、事実とは異なる内容であっても自信満々に生成してしまいます。特に、判例や論文の引用のような「形式が整っていることが求められるタスク」では、LLMはその形式を模倣することに長けているため、人間が見ても一見して偽物とは見抜けないレベルの「もっともらしい嘘」が出力されがちです。

日本の商慣習と「ハルシネーション」の衝突

日本企業において、このハルシネーション問題は特に敏感な課題となります。日本のビジネス現場では、文書の正確性や「ミスのない業務遂行」が極めて重視される傾向にあります。「9割正しいが、1割嘘が混じるかもしれない」というツールは、従来の品質基準や稟議・承認プロセスと相性が悪く、これが国内での生成AI本格導入の足かせとなっているケースも少なくありません。

しかし、リスクを恐れて全面禁止にすれば、グローバルな競争力を失うことになります。重要なのは、「AIは間違えるものである」という前提に立ち、業務プロセスの中に適切な「人間による確認(Human-in-the-Loop)」を組み込むことです。特に、契約書作成、対外的な広報文、顧客への回答など、法的責任や信用の毀損に直結する領域では、AIはあくまで「ドラフト作成者」として位置づけ、最終責任は人間が負うというルールを徹底する必要があります。

技術と運用によるリスク低減:RAGとグランディング

精神論だけでなく、技術的なアプローチによるリスク低減も進んでいます。現在、多くの企業が採用しているのが「RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)」という手法です。これは、社内規定や信頼できるデータベースをAIに参照させ、その根拠に基づいて回答を生成させる技術です。

また、生成された回答の根拠(ソース)を明示させる「グランディング(Grounding)」の機能を実装することも有効です。これにより、ユーザーはAIの回答がどのドキュメントに基づいているかを確認でき、ハルシネーションのリスクを大幅に下げることが可能です。日本国内のSaaSや社内AIプロダクトでも、こうした「根拠提示型」のUIが標準になりつつあります。

日本企業のAI活用への示唆

今回の米国の事例は、決して対岸の火事ではありません。日本企業が生成AIを安全かつ効果的に活用するために、以下の3点を実務への示唆として整理します。

  • 「AIリテラシー」の再定義:
    プロンプトエンジニアリングのスキルだけでなく、「AIは嘘をつく可能性がある」というリスク認識と、裏取り(ファクトチェック)の習慣を全社員の基礎リテラシーとして教育する必要があります。
  • 用途に応じたリスク区分とルールの策定:
    アイデア出しや要約などの「正解がないタスク」と、法務・財務などの「正確性が求められるタスク」で、利用ガイドラインを分けるべきです。後者については、必ず原典に当たるプロセスを業務フローに明記してください。
  • 技術的なガードレールの実装:
    社内独自のデータを参照するRAGの構築や、ハルシネーションを検知・抑制するツールの導入など、システム側で人間のミスをカバーする仕組み作りへの投資が、中長期的な安全性を担保します。

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