米国の警察業務において、AIが作成した報告書内で「警察官がカエルになった」という荒唐無稽な記述が生成される事例が報告されました。笑い話のように聞こえますが、これは生成AIを業務プロセス、特に公的文書や社内記録に導入する際に避けて通れない「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスクを端的に示しています。本記事では、この事例を教訓に、日本企業がドキュメント作成業務でAIを活用する際のガバナンスとワークフロー設計について解説します。
事実に基づく文書作成における「ハルシネーション」の脅威
Forbes等の報道によると、米国のある警察署で導入された報告書作成支援AIツールが、現実にはあり得ない内容――警察官がカエルに変身したという記述――を含む報告書を出力したという事例が明らかになりました。これは、ボディカメラの映像や音声データ、あるいは断片的なメモから報告書を生成する過程で、AIが文脈を誤って解釈したか、あるいは確率的に不適切な単語をつなぎ合わせた結果と考えられます。
生成AI、特に大規模言語モデル(LLM)は、次に来る言葉を確率的に予測して文章を紡ぐ仕組みを持っています。そのため、学習データに偏りがあったり、入力された情報(コンテキスト)が曖昧だったりする場合、事実とは異なる内容を「自信満々に」生成してしまうことがあります。これが「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれる現象です。
警察の報告書は、裁判の証拠ともなる極めて重要性の高い公文書です。もし人間がチェックを行わずにこれを正式な記録として保存していれば、司法プロセスの信頼性を揺るがす事態になりかねません。この事例は、生成AIの出力品質には依然としてムラがあり、重要文書においては「完全自動化」が時期尚早であることを示唆しています。
日本企業の業務におけるリスクと影響
「警官がカエルになる」というのは極端な例ですが、日本のビジネス現場でも同様のリスクは潜んでいます。現在、多くの日本企業が会議の議事録作成、日報の要約、顧客対応ログの整理などに生成AIを活用し始めています。
例えば、以下のようなケースが想定されます。
- 議事録の捏造:会議で発言されていない「決定事項」や「納期」をAIがもっともらしく記述してしまう。
- 契約書の誤記:法務チェックの補助にAIを使った際、存在しない条文や判例を参照してしまう。
- 顧客の声の歪曲:カスタマーサポートの記録要約において、顧客の深刻なクレームを、AIが勝手にポジティブなニュアンスに書き換えてしまう。
日本の商習慣では、文書の正確性が極めて重視されます。一度でも事実無根の内容を含む文書が社内外に流通すれば、その企業のガバナンス能力や信頼性は大きく損なわれます。「AIが勝手にやったこと」という言い訳は、ビジネスの現場では通用しません。
AIに「正しさ」を担保させるための技術と運用
このリスクに対処するために、技術と運用の両面からのアプローチが必要です。
技術面では、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)の活用が有効です。これは、AIが回答を生成する際に、社内のデータベースや信頼できるドキュメントのみを参照するように制御する技術です。しかし、RAGを用いてもハルシネーションを完全にゼロにすることは難しく、参照元のデータが誤っていれば出力も誤ったものになります。
運用面では、「Human-in-the-loop(人間による介入)」が不可欠です。AIの位置付けを「作成者」ではなく、あくまで「ドラフト(下書き)作成者」と定義することです。最終的な責任を持つ人間が、必ず原文や一次情報と照らし合わせて確認するプロセスを業務フローに組み込む必要があります。
日本企業のAI活用への示唆
今回の米国の事例を踏まえ、日本企業がAI活用を進める上で意識すべきポイントは以下の通りです。
- ゼロリスクを求めないが、チェック体制は厳格に:
AIに100%の正確性を求めると導入が進みません。「AIは間違えるものである」という前提に立ち、AIが出力した後の「人間による検品プロセス」を標準化してください。特に監査証跡となる文書には、AI生成であることを明記し、承認者のサインを必須とするなどのルール作りが有効です。 - 用途による使い分けの明確化:
アイデア出しやメールの素案作成など「創造性」が求められるタスクと、議事録や報告書など「正確性」が求められるタスクを明確に区別しましょう。後者の場合、利用するモデルの選定やプロンプト(指示文)の設計において、事実に基づかない記述を厳しく禁止する制約を加える必要があります。 - 従業員のAIリテラシー教育:
現場の担当者が「AIが書いたから正しいだろう」と思い込んでチェックを怠ることが最大のリスクです。「もっともらしい嘘をつく可能性がある」というAIの特性を全社員が理解し、批判的な目で出力を確認するスキルを習得させることが、AIガバナンスの第一歩となります。
生成AIは業務効率化の強力な武器ですが、それを使いこなすには、ツールの限界を理解した上での賢明な組織設計が求められます。
