19 1月 2026, 月

製造現場における「音」のAI解析:溶接欠陥検知事例から考える、五感のデジタル化

製造業の品質管理において、画像認識AIはすでに一般的になりつつありますが、今注目を集めているのが「音(アコースティック・センシング)」の活用です。海外で進むMIG溶接のリアルタイム欠陥検知の事例を端緒に、熟練工の「聴覚」を代替・支援するAI技術の可能性と、日本企業が導入する際の実務的なポイントについて解説します。

画像では見えない異常を「音」で捉える

製造業におけるAI活用といえば、外観検査装置に代表されるカメラ映像(コンピュータビジョン)の解析が主流です。しかし、ベテランの職人は、機械の振動音や加工音の微妙な変化から、設備の不調や加工精度の低下を瞬時に感じ取ります。この「熟練工の耳」をデジタル化しようという動きが、グローバルで加速しています。

その一例として、海外メディア「The Fabricator」では、Sonibel Instruments社によるMIG溶接(半自動溶接)の事例が紹介されています。溶接プロセスにおいて、ブローホール(気孔)などの欠陥が発生する際、アーク音には微細な変化が生じます。このシステムは、音響センシングとAIを用いてその変化をリアルタイムで検知し、目視が難しい溶接内部やプロセスの異常を即座に特定します。

マルチモーダル化する製造AIのトレンド

この事例が示唆するのは、AI活用の「マルチモーダル化(多角的なデータ活用)」の重要性です。カメラによる画像データだけでは、照明環境の影響を受けやすく、また内部欠陥や瞬時の加工不良を見逃す可能性があります。一方、音響データは照明条件に左右されず、かつカメラよりも安価なセンサー(マイク)で高頻度なデータを取得できる利点があります。

特に日本では、少子高齢化に伴う「熟練技能の継承」が喫緊の課題です。言語化・マニュアル化が難しい「音による判断」をAIモデルとして保存・再現することは、品質の均一化だけでなく、若手技術者の教育支援ツールとしても極めて高い価値を持ちます。

導入における技術的課題と現実的な対策

一方で、音響AIの実装には特有の難しさもあります。最大の課題は「環境ノイズ」です。稼働中の工場内は様々な音が混在しており、目的の異常音だけを抽出(ノイズキャンセリングや音源分離)する前処理技術が不可欠です。

また、溶接のような高速なプロセスにおいて、クラウド経由で解析を行っていてはフィードバックが間に合いません。そのため、現場のデバイス内で推論処理を完結させる「エッジAI」の実装が求められます。さらに、ガバナンスの観点からは、従業員の会話などが録音されてしまうことによるプライバシーリスクへの配慮も必要となり、データの匿名化や、音響特徴量のみを保存する(音声そのものは保存しない)といった設計上の工夫が求められます。

日本企業のAI活用への示唆

今回の事例を踏まえ、日本の製造業やAI実務者が意識すべきポイントは以下の3点です。

1. 「五感のデジタル化」という視点
既存の画像検査で解決できない課題に対して、「音」「振動」「電流波形」など、別のモダリティ(データの種類)でのアプローチを検討してください。特に、ベテラン社員が「なんとなく音でわかる」と言っている工程は、AI化の有望な領域です。

2. 既存設備への「後付け」による低コスト導入
最新鋭のスマートファクトリーを新設せずとも、既存のレガシー設備にマイクや振動センサーを「後付け(レトロフィット)」することで、予知保全や品質管理のAI化は可能です。これは、設備投資を抑えつつDXを進めたい日本企業に適したアプローチです。

3. 現場受容性を高めるUX設計
AIが「人の仕事を奪う」のではなく、「熟練工の感覚を可視化し、判断を支援する」という位置づけを明確にすることが重要です。異常検知時に単にアラートを出すだけでなく、「なぜ異常と判断したか」を波形などで可視化し、現場の納得感を得ながら運用定着を図る姿勢が求められます。

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