コーネルテック(Cornell Tech)にて、法とテクノロジーの融合を研究する学生に対し初の「マイケル・ミルズ記念LegalTech奨学金」が授与されました。受賞者の研究テーマである「法律、AI、ブロックチェーンの統合」は、契約の自動化とガバナンス強化の両立を模索する現代の企業にとって、極めて重要な方向性を示しています。本稿では、この事例を端緒に、日本企業が目指すべきLegalTechのあり方と組織的な課題について解説します。
アカデミアが注目する「法と技術」の交差点
米国の工学系大学院であるコーネルテック(Cornell Tech)において、法務とテクノロジーの融合領域(LegalTech)を専攻するSuby Valluri氏が、初のマイケル・ミルズ記念奨学金を授与されました。注目すべきは、同氏の研究領域が単なる「法務のデジタル化」にとどまらず、「法律(Law)、人工知能(AI)、ブロックチェーン技術」の3要素を統合しようとしている点です。
このニュースは小さなトピックに見えるかもしれませんが、グローバルなAIトレンドにおいて重要なシグナルを含んでいます。生成AI(LLM)の台頭により契約書のレビューやドラフト作成の効率化が進む一方で、その「正確性の担保」や「改ざん防止」、「契約履行の自動化」といった課題に対し、複合的な技術アプローチが求められ始めていることを示唆しているからです。
生成AIとブロックチェーンの補完関係
なぜ、法務領域でAIだけでなくブロックチェーンが必要とされるのでしょうか。大規模言語モデル(LLM)は、契約文言の生成や要約において卓越した能力を発揮しますが、ハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクを完全には排除できません。また、デジタルデータは複製や改ざんが容易であるという課題も抱えています。
ここでブロックチェーン技術が補完的な役割を果たします。契約の合意形成プロセスや最終的な契約内容をブロックチェーンに記録することで「耐改ざん性」を担保し、さらにスマートコントラクト(プログラムによる契約の自動執行)を組み合わせることで、支払い条件や履行確認をコードベースで管理することが可能になります。
「AIが契約を理解・生成し、ブロックチェーンがその信頼性を担保し執行する」というこのモデルは、将来的な企業間取引(B2B)の自動化において標準的なアーキテクチャになる可能性があります。
日本企業における「法務とIT」の組織的断絶
この潮流を日本企業に当てはめた場合、技術的な課題以前に、組織文化的な課題が浮き彫りになります。日本の多くの組織では、法務部門とIT・エンジニアリング部門が完全に分断されています(サイロ化)。
法務部門は「AIのリスク(著作権侵害や情報漏洩)」を懸念してブレーキを踏み、IT部門や現場は「効率化」を求めてアクセルを踏むという構図が頻繁に見られます。しかし、今回の奨学生の事例のように、海外では「法律も分かるエンジニア」や「テクノロジーに精通した法務専門家」といったハイブリッドな人材の育成が進んでいます。
日本企業がAIガバナンスを効かせつつ競争力を維持するためには、法務担当者がプロンプトエンジニアリングやAIの仕組みを理解し、逆にエンジニアが契約法や個人情報保護法(APPI)の基礎を理解するような、クロスファンクショナルな取り組みが不可欠です。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例と技術トレンドを踏まえ、日本のビジネスリーダーや実務者は以下の点を意識してAI活用を進めるべきです。
1. 法務・コンプライアンス部門を開発の初期段階から巻き込む
AIプロダクトや社内ツールの導入において、法務確認を最後のスタンプラリーにするのではなく、要件定義の段階から「LegalTech」の視点を取り入れるべきです。これにより、リスクを最小化しつつ、手戻りのない開発が可能になります。
2. 「信頼の基盤」としての技術選定
生成AIによる業務効率化だけでなく、出力結果のログ管理や、重要な意思決定プロセスの記録において、ブロックチェーンや改ざん防止技術の導入を検討してください。特に金融、不動産、サプライチェーンなど、高い透明性が求められる業界では差別化要因となります。
3. ハイブリッド人材の育成と評価
「法学部出身だから技術は分からない」「エンジニアだから法律は関係ない」という既成概念を打破する人事評価制度が必要です。リスキリングを通じて、法と技術の両方の言語を話せるブリッジ人材(Legal Engineer)を社内で育成することが、中長期的な競争力の源泉となります。
