生成AIの急速な普及の裏側で、データラベリングに従事する労働環境の問題や、民主主義を揺るがすディープフェイクのリスクが世界的な議論となっています。著名なテックジャーナリストであるカレン・ハオ氏の指摘を起点に、AI開発における「新しい植民地主義」の構造と、日本企業が取るべきガバナンスのあり方について解説します。
AI開発の裏側にある「見えない人間」とサプライチェーン・リスク
生成AIは魔法のように回答を生成しますが、その精度を支えているのは膨大な量の「人間の労働」です。テックジャーナリストのカレン・ハオ氏などが指摘するように、大規模言語モデル(LLM)の学習プロセス、特にRLHF(Reinforcement Learning from Human Feedback:人間からのフィードバックによる強化学習)の段階では、有害なコンテンツのフィルタリングや回答の品質向上を行うために、グローバル・サウス(南半球の発展途上国を中心とする国々)の労働者が低賃金で過酷なタスクに従事している現実があります。
これを「AIによる新しい植民地主義」と呼ぶ声もあります。日本企業がAIを活用する際、単に機能やコストだけでモデルやAPIを選定することは、こうした倫理的リスクを間接的に許容することになりかねません。昨今、ESG(環境・社会・ガバナンス)経営が求められる中で、自社が採用するAIモデルがどのようなデータセットを用い、どのような労働環境の下で調整されたものなのか、サプライチェーン全体への想像力とデューデリジェンス(適正評価)が求められるフェーズに入っています。
民主主義と企業活動を脅かすディープフェイクとバイアス
ハオ氏はAIが民主主義に与える脅威についても警鐘を鳴らしています。選挙イヤーである2024年、世界各地で生成AIによる偽情報やディープフェイク動画が政治的な混乱を招くリスクが顕在化しました。これは政治の世界だけの話ではありません。日本企業にとっても、経営幹部のなりすまし動画による詐欺や、自社ブランドを毀損するフェイクニュースの拡散は、もはやSFではなく現実的な脅威です。
また、欧米で開発された基盤モデルは、どうしても欧米の文化的・社会的価値観を色濃く反映します。これをそのまま日本の商習慣や組織文化に適用しようとすると、「文化的バイアス」による摩擦が生じる可能性があります。例えば、日本の「空気を読む」ようなハイコンテクストなコミュニケーションや、日本独自のコンプライアンス基準に対し、海外製AIが不適切な回答を生成するリスクです。
日本の規制動向と「主権AI」の必要性
こうしたリスクに対し、日本では「広島AIプロセス」をはじめとする国際的な枠組みへの参画や、AI事業者ガイドラインの策定など、規制とイノベーションのバランスを取る動きが加速しています。日本企業としては、欧州の「AI法(EU AI Act)」のような厳格な規制動向を注視しつつ、自社のガバナンス体制を整備する必要があります。
同時に、海外製モデルへの過度な依存を脱却し、日本の言語・文化・商習慣に最適化された国産LLM(主権AI)の開発・活用も重要な選択肢となります。NTTやソフトバンク、NECなどが開発を進める国産モデルは、セキュリティやデータ主権の観点から、特に機微な情報を扱う金融・行政・医療などの分野での採用が期待されています。
日本企業のAI活用への示唆
以上のグローバルな文脈と日本の現状を踏まえ、実務担当者が意識すべきポイントは以下の通りです。
- サプライチェーンの倫理的評価:AIモデルを選定する際、精度の高さだけでなく、開発元の倫理規定や学習データの透明性を確認項目に加えること。ESGリスクとしての認識を持つ必要があります。
- 「Human in the Loop」の再定義:AIに丸投げするのではなく、最終的な判断や倫理的チェックには必ず人間が介在するプロセスを業務フローに組み込むこと。これはAIのハルシネーション(幻覚)対策だけでなく、倫理的責任の所在を明確にするためにも不可欠です。
- 危機管理広報のアップデート:ディープフェイクや偽情報によって自社が攻撃された場合の対応プロトコルを策定すること。サイバーセキュリティの一環として、AI起因のリスクを想定する必要があります。
- 適材適所のモデル選定:汎用的なタスクにはグローバルな巨大モデルを、社外秘情報や日本独自の文脈が必要なタスクには国産モデルやオンプレミス環境での小規模モデル(SLM)を活用するなど、ハイブリッドな運用戦略を検討してください。
