17 1月 2026, 土

AI時代、技術の進化より重要な「人間の価値」の再定義 —— ジョシュ・バーシンの視点から読み解く

生成AIの急速な普及により、多くのリーダーや実務者が「技術の変化に追いつけない」という焦燥感を感じています。世界的なHRアナリストであるジョシュ・バーシン氏の議論を起点に、AIがコモディティ化する中で人間が発揮すべき真の価値とは何か、そして日本企業は組織としてどう向き合うべきかを解説します。

加速するAIと「追いつけない」という焦燥感

HRおよびワークフォース(労働力)の分析における世界的権威であるジョシュ・バーシン(Josh Bersin)氏は、近年のポッドキャストや記事において、AIの普及スピードがかつてない水準に達しており、多くの経営層やリーダーが「ついていけない」という混乱や不安を感じていると指摘しています。

これは日本国内の企業においても同様です。ChatGPTやGemini、ClaudeといったLLM(大規模言語モデル)が次々とアップデートされ、RAG(検索拡張生成)やエージェント型AIといった新しい手法が登場する中で、「何から手をつければよいか分からない」「PoC(概念実証)ばかりで実用化に至らない」という悩みが現場には溢れています。しかし、バーシン氏が示唆するのは、技術的な詳細をすべて把握することよりも、AIが労働や業務の本質をどう変えるかという「視点の転換」の重要性です。

コンテンツ生成はAI、コンテキスト理解は人間

生成AIの本質的な強みは、膨大なデータに基づくコンテンツの生成や情報の要約、そしてコーディングの補助などにあります。しかし、これらが容易になるほど、相対的に価値を高めるのが「コンテキスト(文脈)の理解」と「意思決定」です。

例えば、エンジニアであれば「コードを書く」行為自体のコストは下がりますが、「どのようなアーキテクチャで、どのビジネス課題を解決するか」という設計能力の価値は高まります。マーケティングや企画職であれば、文章作成はAIが担えますが、「なぜそのメッセージを、今、その顧客に届けるのか」という戦略的判断は人間にしかできません。

AIが出力する回答は、過去のデータに基づく確率的な予測に過ぎません。そこに、企業の商習慣、法規制、倫理観、そして現在の市場の空気感といった「暗黙知としてのコンテキスト」を付与し、最終的なアウトプットとして責任を持つことが、これからの人間に求められる役割です。

日本型組織と「ゼネラリスト」の強み

ここで日本のビジネス環境に目を向けると、興味深い視点が見えてきます。欧米のジョブ型雇用が「特定のタスク」に紐づいた専門性を重視するのに対し、日本のメンバーシップ型雇用は、職務範囲が曖昧で広い「ゼネラリスト(総合職)」を多く育成してきました。

AI時代において、この「社内の様々な業務や人間関係、文脈を知っている」というゼネラリストの特性は、実は強力な武器になり得ます。AIを特定のタスクを自動化するツールとしてだけでなく、業務プロセス全体を俯瞰し、AIと人間をオーケストレーション(統合・調整)する役割として捉え直すことができるからです。

日本企業が陥りがちな「AIによるコスト削減」や「人員削減」という守りの議論から脱却し、業務全体を知る社員がAIという「優秀なアシスタント」を使いこなし、生産性を飛躍的に高める「スーパーワーカー」へと進化するシナリオを描くことが重要です。

AIガバナンスと「失敗を許容する文化」の必要性

一方で、日本企業が直面する最大の壁は「正確性への過度な期待」と「リスク回避志向」です。生成AIは原理的にハルシネーション(もっともらしい嘘)を含む可能性があります。「100%正確でないと業務に使えない」というゼロリスクの姿勢では、いつまでたっても導入は進みません。

「Human-in-the-loop(人間がループの中に入る)」という概念が重要になるのはこのためです。AIは下書きや提案を行うパートナーであり、最終確認は人間が行うというプロセスを前提とした業務設計が必要です。また、情報漏洩や著作権侵害といったリスクに対しては、一律禁止にするのではなく、企業独自のガイドラインを策定し、安全な環境(サンドボックス)で試行錯誤を促すガバナンス体制が求められます。

日本企業のAI活用への示唆

ジョシュ・バーシン氏の視点と日本の現状を踏まえると、以下の3点が実務上の重要な指針となります。

1. 「正解のない問い」を立てる力の育成
AIは問い(プロンプト)に対する「解」を出すのは得意ですが、「何を解決すべきか」という問い自体を立てることはできません。日本企業が得意とする現場の改善活動(カイゼン)の視点を、AI活用にも適用し、現場レベルで「AIに何を解かせるべきか」を発想できる人材を育成すべきです。

2. ドメイン知識(業務知識)の再評価
AIを使いこなすために必要なのは、高度なプログラミングスキルよりも、その業務自体の深い理解(ドメイン知識)です。ベテラン社員が持つ業務知識をAIのコンテキストとしてどう組み込むかが、他社との差別化要因になります。

3. 減点主義からの脱却とアジャイルな組織運営
AI技術は日々進化します。綿密な計画を立ててから導入するウォーターフォール型ではなく、まずは小規模に試し、フィードバックを得て修正するアジャイルなアプローチが不可欠です。AIの不完全さを許容し、それを補完するプロセスを構築できる組織こそが、AI時代に持続的な競争力を維持できるでしょう。

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