世界最大級の資産運用会社ブルックフィールドが、Nvidiaの支援を受けてAIチップのリース事業を開始し、クラウド市場へ参入する。これは、AIインフラが一部のハイテク企業の独占物から、電力や不動産と同様の「社会インフラ」へと変質し始めたことを意味する。日本企業が直面するGPU不足やコスト高騰に対する新たな解決策となるか、その背景と実務的な影響を解説する。
異業種からの参入:不動産・インフラ投資の巨人が見るAIの勝機
カナダに本拠を置く世界的な資産運用会社ブルックフィールド・アセット・マネジメントが、AI向けのクラウド事業を開始するというニュースは、AI業界における構造変化を象徴しています。同社は再生可能エネルギーや不動産、インフラ投資で知られる企業であり、従来のITベンダーではありません。報道によれば、Nvidiaの出資を受け、100億ドル(約1.5兆円)規模のAIファンドを立ち上げ、最終的には1,000億ドル(約15兆円)規模の資産運用を目指すとしています。
これまでAI開発に必要なGPU(画像処理半導体)などの計算資源は、AWS、Microsoft Azure、Google Cloudといった巨大IT企業(ハイパースケーラー)が提供するクラウドサービスを通じて利用するのが一般的でした。しかし、ブルックフィールドのようなインフラ投資会社が参入し、AIチップを「直接リース」するモデルを打ち出したことは、GPUがもはや単なるIT機器ではなく、発電所やデータセンターそのものと同様の「投資可能なインフラ資産」として扱われ始めたことを示しています。
ハイパースケーラー一強からの脱却と「計算資源のコモディティ化」
この動きは、世界的なGPU不足と、ハイパースケーラーへの依存度を下げる「脱クラウド集中」の流れを加速させる可能性があります。従来のパブリッククラウドは、計算資源だけでなく、データベースや開発ツールなどが統合された便利な環境を提供する一方で、高コストやベンダーロックイン(特定のベンダーへの過度な依存)のリスクが指摘されてきました。
対して、今回のブルックフィールドのようなアプローチは、純粋に「計算能力(コンピュートパワー)」を切り出して提供するモデルに近いと言えます。これは、特定のクラウド機能に縛られず、純粋に安価で大量のGPUリソースを確保したい企業にとっては朗報です。特に、大規模言語モデル(LLM)の事前学習や、生成AIサービスの推論基盤として、膨大な計算資源を恒常的に必要とするフェーズにおいては、コスト構造を劇的に改善する可能性があります。
日本企業にとっての意味:円安・GPU不足下での調達多角化
日本の文脈において、このトレンドは極めて重要です。現在、多くの日本企業が「デジタル赤字」と呼ばれる海外クラウドサービスへの支払い増加に苦しんでいます。特に円安の影響で、ドル建てのクラウドコストは経営を圧迫する要因となっています。
計算資源の供給プレイヤーが増え、価格競争や調達ルートの多様化が進むことは、日本企業にとって以下のメリットをもたらす可能性があります。
- 調達の安定化:ハイパースケーラーの在庫状況に左右されにくい、独自の調達ルートの確保。
- コスト最適化:付加価値サービス(マネージドサービス)を含まない、純粋なハードウェア利用料としての契約によるコスト削減。
- データ主権への対応:インフラファンドが国内データセンターへの投資を加速させれば、データを国内に留めたいというセキュリティ要件や法規制(経済安全保障推進法など)への対応が容易になる可能性。
運用上の課題:ベアメタル活用のための技術力
一方で、手放しで喜べるわけではありません。ハイパースケーラー以外の事業者からGPUを調達する場合、多くは「ベアメタル(OSやアプリが入っていない素のサーバー)」やそれに近い形での提供となります。AWSのSageMakerやAzure AI Studioのような、ボタン一つで環境が整うマネージドサービスは期待できません。
つまり、利用する企業側には、インフラの構築・運用、ネットワーク設定、障害対応、そしてMLOps(機械学習基盤の運用)を自社で設計できる高度なエンジニアリング能力が求められます。「安く調達できるが、使いこなすのは難しい」というのが実情であり、社内にインフラエンジニアが不在の組織にとっては、かえってトータルコストが高くなるリスクもあります。
日本企業のAI活用への示唆
ブルックフィールドの参入事例から、日本の意思決定者や実務者が得るべき示唆は以下の通りです。
- 「計算資源」と「開発環境」の分離を検討する:すべてのワークロードを大手クラウドで行うのではなく、開発や実験は便利なクラウドで、大量の計算が必要な学習・推論は安価なGPUプロバイダーで行う「ハイブリッド戦略」を検討すべき時期に来ています。
- インフラエンジニアリング能力の再評価:生成AI時代において、モデルを作るデータサイエンティストだけでなく、その土台となる計算基盤を低レイヤーから扱えるエンジニアの価値が再浮上しています。組織としてこのスキルセットをどう確保・育成するかが、長期的なコスト競争力を左右します。
- 中長期的な調達ポートフォリオの構築:特定のベンダー1社に依存するのではなく、今回のような新規参入プレイヤーや、国内のデータセンター事業者を含めた「マルチ調達」の視点を持ち、リスク分散を図ることが、安定したAIサービス提供の鍵となります。
