17 1月 2026, 土

AI半導体市場5,000億ドル予測が示唆する「インフラ飽和」後の日本企業の戦い方

米T. Rowe PriceのポートフォリオマネージャーDominic Rizzo氏は、AI半導体市場が2028年までに5,000億ドル(約75兆円)規模に達すると予測しました。この天文学的な数字は、単なるハードウェア業界の活況を示すだけでなく、AIの「実行環境」が急速に普及・コモディティ化することを示唆しています。本稿では、このインフラ拡充の波を日本企業がどのように捉え、実務レベルでどのような戦略を描くべきか解説します。

爆発的なハードウェア投資が意味するもの

AI半導体市場が数年で5,000億ドル規模に達するという予測は、Google、Microsoft、Metaなどのハイパースケーラー(巨大IT企業)による設備投資競争が今後も続くことを裏付けています。現在、市場の関心はGPUの供給不足やNVIDIAの株価に集まりがちですが、実務家が注目すべきは「これほど大量の計算資源が市場に供給された後、何が起きるか」という点です。

計算資源の供給が増えれば、中長期的には学習(Training)だけでなく、推論(Inference:AIが実際に回答を生成したり判断したりするプロセス)のコスト構造が変化します。日本企業にとって、これは「自社専用モデル」や「オンプレミス環境(自社保有サーバー)」でのAI運用のハードルが下がる可能性を示唆しています。

「学習」から「推論」、そして「エッジ」へのシフト

半導体の進化と普及は、クラウド上の巨大なデータセンターだけでなく、PCやスマートフォン、自動車、産業機器といった「エッジ(端末側)」でのAI活用を加速させます。

日本の産業構造、特に製造業や自動車産業においては、通信遅延を嫌う現場や、機密保持の観点からクラウドにデータを上げられない環境が多く存在します。高性能なAIチップが普及することで、インターネットを介さずに高度なAI処理を行う「エッジAI」の実用性が飛躍的に高まります。これは、現場の「カイゼン」や自動化を得意とする日本企業にとって、生成AIを物理世界(フィジカル)の業務効率化に組み込む大きなチャンスとなります。

円安・コスト高と「ソブリンAI」の視点

一方で、リスク要因にも目を向ける必要があります。日本企業にとって頭の痛い問題は、昨今の円安傾向と、AI利用料(多くはドル建てベース)の高騰です。海外製の最新AIチップやクラウドサービスに全面的に依存し続けることは、経営上のコストリスクになり得ます。

ここで重要になるのが「ソブリンAI(Sovereign AI:経済安全保障の観点から自国でAI基盤を持つ考え方)」の視点です。日本国内でもRapidus(ラピダス)やTSMC熊本工場など、半導体製造基盤の整備が進んでいます。将来的には、国内の計算資源を活用し、機密性の高いデータ(金融、医療、個人情報など)を国内法規制(APPIなど)に準拠した環境で処理するニーズが、ガバナンスの観点からもより一層強まるでしょう。

日本企業のAI活用への示唆

AI半導体市場の拡大予測を、単なる「海外テック企業のニュース」として終わらせず、自社のインフラ戦略として落とし込むためには、以下の3点が重要です。

1. クラウドとオンプレミス/エッジのハイブリッド戦略

すべてを海外クラウドのAPIに依存するのではなく、コストパフォーマンスとデータガバナンスのバランスを見極める必要があります。特に製造現場や秘匿性の高いR&D部門では、高性能化するエッジデバイスを活用した「ローカルLLM(大規模言語モデル)」の活用を検討の選択肢に入れるべきフェーズに来ています。

2. インフラコストを見越したROI(投資対効果)の精査

計算資源は潤沢になりますが、決して「タダ」にはなりません。PoC(概念実証)の段階から、本番運用時にかかる推論コスト(トークン課金やGPUインスタンス費用)を厳密に見積もることが重要です。無駄に高性能なモデルを使うのではなく、タスクに応じた「適正サイズ」のモデルを選定する目利き力が、エンジニアやPMに求められます。

3. 「ハードウェアを理解した」ソフトウェア開発

AIの性能はハードウェアと密接に関わっています。今後はソフトウェアエンジニアであっても、どのチップ(GPU、NPUなど)で動かすのが最適か、メモリ帯域は十分か、といったハードウェア特性を理解した上でのシステム設計が差別化要因となります。日本が強い「ハードとソフトのすり合わせ」技術を、生成AI時代にも適用していく姿勢が求められます。

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