LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)のブログ記事「2025 in review」は、生成AIが学術研究にもたらす功罪、特に「科学的な質の低さ」をAIが識別できないリスクについて警鐘を鳴らしています。本稿では、この課題を企業のR&D(研究開発)や市場調査の文脈に置き換え、日本企業がAIによる情報収集・分析を実務に組み込む際に直面する「信頼性」の問題と、その具体的な対策について解説します。
「もっともらしさ」と「正しさ」の乖離
生成AI、特に大規模言語モデル(LLM)は、膨大な文献を読み込み、要約し、新たな文章を生成する能力において卓越しています。しかし、元記事が指摘するように、AIには致命的な弱点があります。それは「情報の科学的な妥当性を判断できない」という点です。
AIは確率的に「次に来るもっともらしい単語」をつないでいるに過ぎません。そのため、方法論が厳格で信頼できる論文と、データに偏りがある粗悪な研究(Bad Science)を、テキストとしての流暢さが同じであれば区別なく扱ってしまいます。これは学術界だけの問題ではありません。企業における技術探索、特許調査、あるいは市場動向の分析においても同様のリスクが存在します。
日本企業のR&Dと意思決定におけるリスク
日本の製造業や製薬、素材産業におけるR&Dプロセスは、過去の膨大な実験データや先行研究の精緻な分析の上に成り立っています。ここで「AIがそう言っているから」という理由で、信頼性の低いソースに基づいた仮説を採用してしまうと、後工程で手戻りが発生し、莫大なコストと時間の損失につながります。
また、日本企業特有の商習慣として、会議資料や稟議書における「ファクトの正確性」に対する要求レベルの高さがあります。AIが生成した「もっともらしいが裏付けのない市場予測」が経営会議に紛れ込んだ場合、誤った経営判断を招くだけでなく、起案者の社内的な信用失墜にもつながりかねません。日本国内においてAI活用を進める上では、この「ハルシネーション(幻覚)」リスクへの感度が、欧米以上にシビアになる傾向があります。
「目利き」としての専門家の重要性が増す
AIが「悪い科学」や「不正確な情報」を見抜けない以上、最終的な品質保証(QA)を行うのは人間でなければなりません。ここで重要になるのが「Human-in-the-Loop(人間が介在するプロセス)」の設計です。
具体的には、AIを「答えを出すマシン」としてではなく、「広範な情報から候補をリストアップする助手」として位置づけるべきです。例えば、新規事業開発のための文献調査において、AIには100本のレポートを要約させ、その中から有望なものを人間が5本選んで精読する、といった役割分担です。AIの普及により、情報を集めるコストは下がりますが、その情報の真偽を見極める「目利き(ドメインエキスパート)」の価値はむしろ高まっています。
RAG(検索拡張生成)と社内データの整備
技術的な対策として有効なのが、RAG(Retrieval-Augmented Generation)の活用です。これはAIにインターネット上の全情報を参照させるのではなく、社内の信頼できる技術文書、契約済みの有料データベース、検証済みのホワイトペーパーなど、「信頼できるソース」のみを参照させて回答を生成させる手法です。
多くの日本企業では、過去の技術伝承やノウハウが紙や非構造化データ(PDFや画像)として埋もれているケースが散見されます。AIに「正しい判断」をさせるためには、まず足元のデータを整備し、AIが参照可能な形にする「データガバナンス」の取り組みが不可欠です。AI活用の成否は、モデルの性能よりも、食わせるデータの質に依存すると言っても過言ではありません。
日本企業のAI活用への示唆
今回のLSEの記事が示唆する「AIの限界」を踏まえ、日本のビジネスリーダーや実務担当者は以下のポイントを意識してAI実装を進めるべきです。
- 「AI任せ」の禁止と責任の所在明確化:AIが出力した調査結果や分析については、必ず人間が原典(一次情報)に当たって確認するプロセスを業務フローに組み込むこと。
- 専門人材(ドメインエキスパート)の再評価:AIは平均的な回答は得意ですが、深い専門性や文脈理解では人間に劣ります。AIツールを使いこなすための、当該分野の深い知識を持つ人材の育成・確保が競争力の源泉となります。
- 「閉じた環境」でのAI活用:インターネット上の不確かな情報(Bad Science)を排除するため、RAGなどを活用し、信頼できる社内ナレッジや契約データベースに基づいた回答生成環境を構築すること。
- AIリテラシー教育の徹底:全社員に対し、プロンプトエンジニアリングだけでなく、「AIは平気で嘘をつく」「統計的な正しさと事実の正しさは違う」という限界点を理解させる教育を行うこと。
