米ウェドブッシュ証券のダン・アイブス氏がCESにて、2026年に向けたAIおよびテック株のさらなる躍進を予測しました。しかし、日本の実務家にとって重要なのは株価の動向そのものではなく、市場が「期待」から「実装と成果」のフェーズへ移行しつつあるという事実です。本稿では、グローバルトレンドを踏まえつつ、日本企業が直面する「PoC疲れ」からの脱却と、実務実装に向けた次の一手について解説します。
「期待」から「実績」へシフトするAI市場の評価軸
米国の著名アナリストであるダン・アイブス氏(ウェドブッシュ証券)が、世界最大級のテクノロジー見本市「CES」に関連して、2026年に向けてAIとテクノロジー株がさらなる活況を呈するという見解を示しました。これは単なる投資家向けの楽観論として片付けるべきではありません。
この予測の背景にあるのは、生成AIブームの「第1幕(インフラ整備・チップ投資)」から、「第2幕(ユースケースの確立・ソフトウェアの実装)」への移行です。2023年から2024年にかけては、GPUの確保や大規模言語モデル(LLM)の性能競争が主眼でしたが、2025年以降は「そのAIを使って具体的にどれだけのビジネス価値(ROI)を生み出したか」が厳しく問われるフェーズに入ります。
日本企業においても、経営層からの「AIで何かやれ」という漠然とした指示から始まったプロジェクトが、具体的なコスト対効果を証明できずに停滞するケースが見受けられます。アイブス氏の発言は、今後数年で「稼ぐAI」の実装に成功した企業と、そうでない企業の格差が決定的になることを示唆しています。
クラウドから「エッジ」へ:日本企業にとっての好機と課題
CESというハードウェアの祭典での発言であることも重要です。現在のAIトレンドの一つは、クラウド上の巨大なサーバーで処理を行う形から、PCやスマートフォン、自動車、家電などのデバイス上で処理を行う「オンデバイスAI(エッジAI)」への拡張です。
これは、製造業や組み込みソフトウェアに強みを持つ日本企業にとっては追い風となり得ます。通信遅延を嫌う工場の自動化や、プライバシーデータを外部に出したくない医療・金融の現場において、エッジAIの需要は高まっています。しかし、これを実現するためには、単にモデルを軽量化するだけでなく、限られたハードウェアリソースで推論を最適化する高度なエンジニアリング能力(MLOpsやモデル圧縮技術)が不可欠となります。
日本の「現場」に即したAIガバナンスとリスク管理
グローバルなAI開発競争が加速する一方で、日本国内での実装においては「法規制」と「商習慣」への適応が壁となります。欧州の「AI法(EU AI Act)」のような包括的なハードロー(法的拘束力のある規制)とは異なり、日本は現時点ではガイドラインベースのソフトローを中心としたアプローチをとっています。
これはイノベーションを阻害しないという点ではメリットですが、企業側には自主的なガバナンス構築が強く求められることを意味します。特に以下の3点は、日本企業が2026年に向けて整備すべき急務の課題です。
- 著作権と学習データ:日本の著作権法はAI学習に対して柔軟(第30条の4)ですが、出力物が既存の著作物に類似した場合の侵害リスクは依然として存在します。生成物の権利クリアランスフローの確立が必要です。
- ハルシネーション(もっともらしい嘘)対策:日本企業の高い品質基準において、誤情報の出力は致命的です。RAG(検索拡張生成)の精度向上や、最終的な「Human-in-the-loop(人間による確認プロセス)」を業務フローにどう組み込むかが鍵となります。
- シャドーAIの管理:現場主導で便利な無料ツールを勝手に使い始め、機密情報が流出するリスクです。禁止するだけでなく、安全な代替環境を提供するという現実的な解が求められます。
日本企業のAI活用への示唆
2026年のAI活況を見据え、日本企業および組織のリーダーは以下の視点を持って意思決定を行うべきです。
1. 「PoC(概念実証)疲れ」からの脱却と本番運用への投資
「とりあえず試す」段階は終了しました。2025年以降は、既存の基幹システムや業務フローにAIを深く統合するための開発投資へリソースを振り向けるべきです。これには、レガシーシステムの刷新もセットで考える必要があります。
2. 「エージェント型AI」への注目
テキストを生成するだけのAIから、自律的にタスクを計画し実行する「エージェント型AI」へと技術は進化しています。日本の深刻な労働力不足(2024年問題など)を補うためには、単なるアシスタントではなく、定型業務を代行できるレベルの自律性を持ったAI活用を視野に入れるべきです。
3. 組織文化としてのAIリテラシー向上
一部のエンジニアだけがAIを理解している状態では、現場への定着は不可能です。非エンジニア職であっても、AIの得意・不得意を理解し、プロンプトエンジニアリングや基本的なリスク判断ができるよう、全社的なリスキリングを進めることが、2年後の競争力を左右します。
アイブス氏の予測する「ブーム」を単なる外部の出来事とせず、自社の構造変革のタイムリミットと捉え、着実な実装を進めることが求められています。
