米国のホリデーシーズン明け、急増する返品とその裏にある不正行為に対し、大手アパレルブランドがAIを用いた対策に乗り出しています。総額8,500億ドル規模とも言われる返品市場において、AIはどのように不正を見抜き、業務効率化に寄与するのか。日本の商習慣や法規制を踏まえ、国内企業が採るべき戦略を解説します。
米国のホリデー商戦と「返品詐欺」の深刻化
米国では感謝祭からクリスマスにかけてのホリデーシーズンに大規模な消費が行われますが、その直後に訪れるのが「大量返品」の波です。Fox Newsなどの報道によると、小売業界全体で返品される商品の総額は8,500億ドル(約120兆円規模)に達すると予測されており、その処理コストは企業の利益を大きく圧迫しています。
ここで問題となっているのが、単なるサイズ違いやイメージ違いではなく、「返品詐欺(Return Fraud)」と呼ばれる悪意ある行為です。例えば、一度着用した衣服を未着用と偽って返品する「ワードロービング(Wardrobing)」や、偽物を返品する行為などが含まれます。EverlaneやUnder Armourといった人気ブランドが、Happy Returnsなどのプラットフォームを通じてAIシステムを試験導入している背景には、こうした不正による損失を防ぐという切実な狙いがあります。
AIによる異常検知とパターンの特定
今回導入が進んでいるAI技術は、主に機械学習を用いた「異常検知(Anomaly Detection)」の領域に属します。従来のルールベース(例:「3回返品したら警告」など)のシステムとは異なり、AIは膨大な取引データから複雑なパターンを学習します。
具体的には、返品頻度、返品理由、購入から返品までの期間、さらには端末情報や行動ログなどを総合的に分析し、真正な顧客と不正利用者の振る舞いの差異をスコアリングします。これにより、善良な顧客の利便性を損なうことなく、不正リスクの高い返品リクエストだけをピンポイントで保留したり、有人チェックに回したりすることが可能になります。
日本市場における文脈と「物流2024年問題」
翻って日本国内に目を向けると、米国ほど露骨な返品詐欺は少ないとされるものの、EC化率の上昇に伴い返品コストは増加傾向にあります。特に日本では「物流2024年問題」による輸送能力の不足や人件費高騰が深刻であり、返品物流(リバースロジスティクス)の効率化は待ったなしの課題です。
日本企業がこの技術に注目すべき点は、「不正検知」そのものに加え、「返品プロセスの自動化・無人化」による省力化の側面です。AIが即座に返品可否を判断することで、コールセンターや倉庫スタッフの工数を削減できるメリットは、労働力不足に悩む日本企業にとって大きな魅力となります。
導入におけるリスクとガバナンス
一方で、AIによる自動判定にはリスクも伴います。最大の懸念は「偽陽性(False Positive)」、つまり善良な顧客を誤って不正と判定してしまうケースです。高いサービス品質を求める日本の消費者にとって、不当な返品拒否はブランドへの信頼を致命的に損なう可能性があります。
また、個人情報保護法(APPI)の観点からも注意が必要です。顧客の行動データをプロファイリングし、サービスの利用を制限するようなAI活用を行う場合、プライバシーポリシーでの明示的な説明や、透明性の確保が求められます。「なぜ返品が拒否されたのか」という問いに対し、説明責任(Explainability)を果たせる体制を整えておくことが、コンプライアンス上極めて重要です。
日本企業のAI活用への示唆
米国の事例と日本の現状を踏まえ、国内の意思決定者や実務者は以下のポイントを意識してAI導入を検討すべきです。
- 目的の再定義:単なる「不正対策」としてではなく、物流コスト削減やCX(顧客体験)向上のための「返品フロー最適化」としてAIを位置づけること。
- 段階的な導入とHuman-in-the-Loop:最初から全ての判断をAIに委ねるのではなく、高リスク案件のみをAIが抽出し、最終判断は人間が行う「Human-in-the-Loop」の体制から始めることで、顧客トラブルを防ぐ。
- データガバナンスの徹底:返品判定に用いるデータの範囲を明確にし、利用規約への明記を行うとともに、誤検知時の救済フロー(異議申し立て窓口など)をあらかじめ設計する。
- 既存システムとの連携:ECサイトの受注管理システム(OMS)や倉庫管理システム(WMS)とAIをシームレスに連携させ、データが分断されないアーキテクチャを構築する。
AIは「魔法の杖」ではありませんが、複雑化するサプライチェーンと顧客行動を紐解く強力なツールです。日本の高いサービス水準を維持しつつ、持続可能な収益構造を作るために、冷静かつ戦略的な技術導入が求められます。
