英国の起業家がChatGPTを活用して事業立ち上げ時の会計業務を効率化し、大幅なコスト削減に成功した事例が注目を集めています。しかし、法規制や商慣習が異なる日本において、同様のアプローチをそのまま適用することにはリスクも伴います。本記事では、生成AIを専門性の高い業務へ適用する際のグローバルな潮流と、日本企業が押さえておくべき実務的な活用ポイント、そして法的な留意点について解説します。
「専門家への依頼前」に行うAI活用のグローバル潮流
海外メディア「The Sun」などの報道によると、英国の起業家がChatGPTを活用して事業計画の策定や会計処理の準備を行い、専門家(会計士)に依頼する前の段階で大幅なコスト(約1,500ポンド)と時間を節約した事例が紹介されています。これは、生成AIが単なる文章作成ツールを超え、経営やバックオフィス業務における「予備的なコンサルタント」として機能し始めていることを示唆しています。
具体的には、複雑なビジネスモデルの整理、初期的な収支シミュレーションの構築、あるいは税務処理に必要な情報の構造化といったタスクをAIに任せています。ここでの重要なポイントは、AIが専門家を完全に代替したのではなく、「専門家に渡すデータの品質を高め、相談時間を短縮した」という点です。これは、LLM(大規模言語モデル)の論理的推論能力を活かした「Human-in-the-loop(人間が判断のループに入る)」の成功例と言えます。
日本企業における活用:士業との協業と「壁打ち」としての価値
この事例を日本国内に置き換えて考える際、考慮すべきは日本の商慣習と「士業(弁護士、税理士など)」に関する法律です。日本では、AIが具体的な税務相談に応じたり、法律判断を下したりすることは、税理士法や弁護士法に抵触するリスクがあります(非弁行為など)。したがって、日本企業がバックオフィス業務や新規事業開発でAIを活用する場合、その役割はあくまで「ドラフト作成」や「思考の整理(壁打ち)」に留める必要があります。
例えば、新規事業の担当者が事業計画書を作成する際、ChatGPT等のLLMを用いて市場分析のフレームワークを提示させたり、想定されるリスク要因を洗い出したりすることは非常に有効です。また、経理部門において、大量の領収書データから費目を推測させたり(OCRとの組み合わせ)、インボイス制度への対応方針の素案を作らせたりすることは、業務効率化に直結します。しかし、最終的な申告書の作成や法的効力のある契約書の確定には、必ず人間の専門家のチェックが不可欠です。
ハルシネーションとデータガバナンスのリスク
実務で活用する際に忘れてはならないのが、LLM特有の「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスクです。特に日本の税制や法律は頻繁に改正されるため、汎用的なLLMが学習しているデータが古く、誤った情報を回答する可能性があります。英国の事例のようにコスト削減を狙うあまり、AIの回答を鵜呑みにして誤った税務処理を行えば、結果として追徴課税などでコスト増になる恐れがあります。
また、企業利用においては「データガバナンス」が重要です。自社の未公開の財務情報や顧客データを、学習データとして利用される設定のままパブリックなAIサービスに入力することは、情報漏洩事故につながります。エンタープライズ版の契約や、API経由での利用など、データがモデルの学習に使われない環境を整備することが、実務利用の前提条件となります。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例は、個人事業主レベルの話に見えますが、企業組織における業務プロセス改革にも通じる重要な示唆を含んでいます。
- 「ゼロからイチ」のコスト削減:専門家に相談する前の「下書き」や「論点整理」にAIを使うことで、外部委託費の削減や社内コミュニケーションの迅速化が可能です。
- 専門性の補完と限界の認識:AIは「広範な知識を持つアシスタント」として優秀ですが、日本の法的・実務的な責任能力はありません。最終判断は人間が行うプロセスを設計してください。
- 社内ガイドラインの策定:「どの業務でAIを使って良いか」「機密情報はどう扱うか」という明確なルールがないと、現場は萎縮するか、あるいは無秩序に利用してしまいます。攻めの活用のためには、守りのルール作りが急務です。
