AI業界の著名なリーダーたちは「2025年こそAIが世界を変える」と約束してきたが、実務の現場ではハイプ(過度な期待)と現実のギャップに対する冷静な視点が必要とされている。Rand Fishkin氏の問題提起を起点に、日本の企業が直面する「PoC疲れ」やガバナンスの課題を乗り越え、地に足のついたAI実装を進めるための視点を解説する。
「AIセレブリティ」の予言と現場の現実
Rand Fishkin氏がLinkedInで指摘するように、OpenAIのサム・アルトマン氏をはじめとするAI企業のCEOや「AIセレブリティ」たちは、常に次なる革命的な未来を約束し続けてきました。「2025年にはAGI(汎用人工知能)に近づく」「劇的な生産性向上が起きる」といったナラティブは、投資家や市場の期待を維持するために不可欠だからです。
しかし、2025年を迎えた今、私たち実務家が直面しているのは「魔法のような全自動化」ではなく、「泥臭いエンジニアリングと調整」の日々です。生成AIは確かに強力ですが、ハルシネーション(事実に基づかない嘘の生成)のリスク、推論コストの高止まり、そして既存システムへの統合の難しさといった課題が、実用化の壁として立ちはだかっています。
日本企業を覆う「PoC疲れ」の正体
グローバルのハイプ・サイクルが成熟期に向かう中で、日本国内ではいわゆる「PoC(概念実証)疲れ」が顕在化しています。多くの企業がChatGPTなどのLLM(大規模言語モデル)を導入し、社内チャットボットや文書要約の検証を行いましたが、「面白いができることが限定的」「精度が業務品質に達しない」という理由で、本番運用に至らないケースが散見されます。
この背景には、日本特有の「ゼロリスク志向」と「現場の職人芸への依存」があります。AIの出力に100%の正確性を求めすぎるあまり、確率論で動作する生成AIの特性と相性が悪く、結果としてリスク部門がGoサインを出さないという構造的な問題です。また、業務プロセスが暗黙知(形式化されていない個人のノウハウ)に依存しており、AIに学習させるための良質なデータが構造化されていないことも、導入の足かせとなっています。
「魔法」から「道具」へ:実務的なアプローチの転換
CEOたちの壮大なビジョンに惑わされず、成果を出すためには、AIを「魔法の杖」ではなく「特定のタスクをこなす道具」として再定義する必要があります。
現在、成功している事例の多くは、何でもできる巨大なモデルに頼るのではなく、RAG(Retrieval-Augmented Generation:外部知識を検索して回答生成に用いる技術)を用いて社内データに基づいた回答をさせたり、特定の業務に特化した小規模なモデル(SLM)を採用したりしています。これにより、コストを抑えつつ、回答の根拠を明確にすることが可能になります。
また、AIガバナンスの観点でも変化が必要です。欧州の「AI法(EU AI Act)」のような厳格な規制動向を注視しつつも、日本の著作権法(第30条の4など)が持つ、機械学習に対する比較的柔軟な解釈を活かし、競争力のあるモデル開発やファインチューニング(追加学習)に挑む企業も現れています。
日本企業のAI活用への示唆
ビッグテックの喧伝する「未来」と、私たちが日々向き合う「実務」の間には距離があります。その距離を埋め、日本企業がAIに投資する価値を見出すためのポイントは以下の通りです。
- 「100%の精度」を前提としない業務設計:
AIは間違えることを前提とし、人間が最終確認を行う「Human-in-the-loop」のプロセスを業務フローに組み込むこと。AIに責任を持たせるのではなく、人間の判断を支援する「副操縦士(Co-pilot)」として位置づけるのが現実解です。 - データ整備への回帰:
高性能なモデルにお金を払うよりも、社内のドキュメントやマニュアルを整備し、機械が読み取れる形式に構造化することの方が、ROI(投資対効果)が高いケースが多々あります。「Garbage In, Garbage Out(ゴミを入れればゴミが出る)」の原則は生成AI時代でも変わりません。 - ガバナンスを「ブレーキ」から「ガードレール」へ:
法務・コンプライアンス部門を開発の初期段階から巻き込み、禁止事項を並べるのではなく「ここまでは安全に走行できる」というガードレールを設けることで、現場の萎縮を防ぎ、開発スピードを維持することが重要です。
2025年は、AIに対する過度な幻想を捨て、自社のビジネス課題に即した「適正技術」としてAIを使いこなせる企業と、ハイプに踊らされて疲弊する企業の差が決定的になる年と言えるでしょう。
