20 1月 2026, 火

AIエージェントが「決済」まで完遂する世界:Agentic Commerceの衝撃と日本企業に求められるガバナンス

生成AIの進化は、単なるコンテンツ作成から、ユーザーの代わりにタスクを自律的に遂行する「行動するAI」へとフェーズを移しつつあります。VisaやMastercardといった国際的な決済大手も、AIが主体となって商品選定から支払いまでを行う「Agentic Commerce(エージェント型コマース)」の到来を見据え、インフラ整備を急いでいます。本稿では、AIエージェントによる商取引の自動化がもたらす変化と、日本の商習慣や法規制の中で企業が直面する課題と機会について解説します。

「チャット」から「アクション」へ:Agentic Commerceとは何か

これまでの生成AI、特にChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)を用いたインターフェースは、主に情報の要約や案出し、対話による課題解決が中心でした。しかし現在、世界のテック業界や金融業界が注目しているのが「Agentic Commerce(エージェント型コマース)」と呼ばれる概念です。

これは、AIシステム(AIエージェント)がユーザーの代理人として機能し、商品の検索・比較・選定だけでなく、最終的な「購入(決済)」というアクションまでを完結させる仕組みを指します。例えば、「来週の大阪出張、予算3万円以内で新幹線とホテルの最適な組み合わせを予約しておいて」と指示するだけで、AIが複数のサイトを横断して検索し、空席状況を確認し、実際に予約と支払いを済ませる未来です。

VisaやMastercardなどの決済プラットフォーマーがこの領域に注力し始めている事実は、AIが単なる「相談相手」から、経済活動を行う「主体」へと進化しつつあることを示唆しています。

決済インフラに求められる「本人性」と「権限」の認証

AIエージェントが商取引を行う上で最大の技術的・実務的課題となるのが、「そのAIの行動は、本当にユーザー(人間)が意図したものか?」という認証の問題です。

従来のオンライン決済は、人間が画面を見て、カード番号を入力したり生体認証を行ったりすることで成立していました。しかし、AIがバックグラウンドで処理を進める場合、人間が逐一画面を確認しない可能性があります。そのため、決済ネットワーク側では、AIエージェントに対して「特定の条件下(例:金額上限、特定の加盟店カテゴリ)でのみ決済権限を与える」といった、きめ細やかなトークン技術や認可プロトコルの整備が進められています。

これは、企業で言えば「AI社員に法人カードを持たせる」ようなものであり、不正利用や誤発注を防ぐための強固なセキュリティ基盤が不可欠となります。

日本市場におけるハードル:商習慣と法的責任

この潮流を日本国内に当てはめた場合、技術的な課題以上に、法規制や商習慣の壁が予想されます。

まず、法的な観点です。日本の民法において、AIは権利義務の主体(人や法人)とはみなされません。したがって、AIが勝手に行った契約や購買行為の効果が本人(ユーザーや企業)に帰属するかどうかは、AIを「使者」とみなすか、あるいはシステム利用規約でどう定義するかなど、複雑な議論をはらんでいます。もしAIがハルシネーション(もっともらしい誤情報の生成)を起こし、誤って高額な商品を注文した場合、その責任を誰が負うのか、という問題は避けて通れません。

また、日本の商習慣として、特にB2B取引では「信頼」と「確認」が重視されます。担当者印や承認フローといった厳格なプロセスが存在する中で、AIによる自動発注をどこまで許容できるか。日本企業で普及させるには、完全にAI任せにするのではなく、最終決済の直前で人間が承認ボタンを押す「Human-in-the-loop(人間が介在する仕組み)」の実装が、当面は現実的な解となるでしょう。

国内企業における活用機会:B2B調達と「相見積もり」の自動化

一方で、リスクを適切に管理できれば、日本企業にとって大きなメリットもあります。特に親和性が高いと考えられるのが、B2Bにおける間接材購買や出張手配の効率化です。

日本企業では、備品購入やサービス契約の際に「相見積もり(アイミツ)」を取ることが一般的ですが、これには多大な工数がかかります。AIエージェントが複数のサプライヤーサイトを巡回し、価格と納期を比較表にまとめ、最安値のカートに入れるところまでを代行すれば、調達業務の生産性は劇的に向上します。

また、自社サービスをAIエージェントに対応させることも重要になります。自社のECサイトや予約システムが、人間にとっての見やすさ(GUI)だけでなく、AIエージェントが情報を取得しやすく、API経由で注文しやすい構造になっているか。これが今後の「SEO(Search Engine Optimization)」ならぬ「AIO(AI Optimization)」として、売上を左右する要因になる可能性があります。

日本企業のAI活用への示唆

Agentic Commerceの台頭を受け、日本の意思決定者やエンジニアは以下の点を意識してAI戦略を練るべきです。

  • 「AIに買ってもらう」ためのインターフェース整備:
    自社のプロダクトやサービスが、将来的に他社のAIエージェントからアクセス・操作可能かを見直す必要があります。APIの整備や、構造化データの提供は、AI経済圏での機会損失を防ぐための投資となります。
  • ガバナンスと「権限委譲」の設計:
    社内でAIを活用する際、AIにどこまでの「実行権限」を与えるかを明確に定義する必要があります。「情報の検索まではOK、外部への送信や決済はNG」といったガードレールの設定と、それを技術的に強制する仕組み(ガバナンス機能)の導入が急務です。
  • 法務・コンプライアンスとの早期連携:
    AIによる自動取引は、電子契約法や景品表示法など多岐にわたる法律に関わります。技術検証(PoC)の段階から法務部門を巻き込み、万が一AIが誤作動を起こした際の免責事項や対応フローを利用規約に盛り込む準備が必要です。

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