21 1月 2026, 水

「使えない」では済まされない:グローバルAI展開における「リージョン」と「規制」の壁

グローバルなAIサービスであっても、地域によって利用可能性が異なるケースが散見されます。フランス領マルティニークでのGeminiアクセス不可の報告を起点に、日本企業がグローバルでAI活用を進める際に直面する「リージョンの壁」と「法規制リスク」について解説します。

AIサービスが「どこでも使える」とは限らない現実

GoogleのAI開発者フォーラムにて、フランス領マルティニーク(カリブ海に位置するフランスの海外県)のユーザーから、「自国はフランスの一部であるにもかかわらず、GeminiやVertex AIなどのサービスにアクセスできない」という報告がなされました。これは単なる技術的な不具合の可能性もありますが、より広義には「AIサービスの提供地域(リージョン)と法的管轄の複雑さ」を象徴する出来事です。

生成AIやLLM(大規模言語モデル)の分野では、最新モデルが発表されても、即座に全世界で利用可能になるわけではありません。特にGoogleやOpenAIなどの主要プレイヤーは、EU(欧州連合)の厳しい規制(GDPRやAI法案)に対応するため、欧州地域でのサービス提供を意図的に遅らせたり、機能を制限したりすることがあります。開発者や企業は「インターネットにつながればどこでも同じAPIが叩ける」と考えがちですが、実際には物理的な場所や法的な管轄によって、利用できるサービスに大きな差が生じているのが現状です。

日本企業が直面する「グローバル展開」のリスク

この問題は、国内だけで完結するプロジェクトであれば意識しにくいものですが、海外に拠点を持つ日本企業や、グローバル向けにSaaSを提供する企業にとっては無視できないリスクとなります。

例えば、日本の本社で開発した生成AI搭載の業務システムを、欧州や東南アジアの支社に展開しようとした際、現地のIPアドレスからのアクセスがサービスプロバイダー側で制限されていたり、現地のデータ保護法規制により、特定のデータセンター(リージョン)を経由するAIモデルの利用が禁じられていたりするケースが考えられます。

また、商習慣や組織文化の観点からも注意が必要です。日本では「とりあえず最新のモデルを試して生産性を上げよう」という動きが加速していますが、欧州などでは「コンプライアンスが担保されるまで利用を禁止する」という慎重な姿勢が一般的です。技術的にアクセス可能であっても、ガバナンスの観点から利用できないという「組織的な壁」も存在します。

データ主権と遅延(レイテンシ)のトレードオフ

実務的な観点では、「データレジデンシー(データの物理的な保管場所)」の問題も重要です。多くのAIサービスは、最新かつ高性能なモデルをまず米国リージョン(us-central1など)で提供開始します。日本企業が最新機能を享受しようとすると、データを一度米国へ送る必要が出てきます。

しかし、機密情報や個人情報を含むデータを国外へ持ち出すことは、日本の改正個人情報保護法や、各国のデータ保護規制に抵触するリスクがあります。一方で、国内リージョン(東京や大阪)での提供を待っていると、競合他社に比べて技術的な遅れをとる可能性があります。また、物理的な距離によるレイテンシ(通信遅延)も、リアルタイム性が求められるアプリケーションでは課題となります。

「最新機能を使うために米国リージョンを経由するか」それとも「コンプライアンスと速度を優先して国内リージョンの提供を待つか」。このトレードオフは、エンジニアだけでなく、法務や経営層を巻き込んで決定すべき重要なアーキテクチャ設計の一部です。

日本企業のAI活用への示唆

今回の事例およびグローバルの動向を踏まえ、日本企業は以下の点を意識してAI実装を進めるべきです。

  • 対象地域のサービス可用性の事前確認:海外拠点や海外ユーザー向けのサービスを開発する場合、クラウドベンダーのドキュメントだけでなく、実際に現地からのアクセスが可能か、法的制限(輸出管理規制含む)がないかをPoC(概念実証)段階で検証する。
  • データガバナンスポリシーの策定:「どのレベルのデータなら海外リージョンのLLMに渡してよいか」を明確に定義する。社内規定で一律禁止にするのではなく、PII(個人特定情報)のマスキング処理を挟むことで利用可能にするなど、技術とルールの両面で対応策を用意する。
  • マルチリージョン・マルチモデル戦略:特定のベンダーや特定のリージョンに依存しすぎないアーキテクチャを検討する。主要リージョンで障害や規制によるアクセス遮断が発生した場合でも、別のリージョンや別のモデル(場合によってはオープンソースモデルの自社ホスティングなど)に切り替えられる柔軟性を持たせることが、BCP(事業継続計画)の観点からも重要となる。

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