米国の政策立案者たちが、規制の対象である生成AIを自ら日常的に利用し始めているという報道は、企業ガバナンスにおいても重要な示唆を含んでいます。「未知の脅威」として遠ざけるのではなく、ツールとしての限界と可能性を肌感覚で理解することが、実効性のあるルール作りの第一歩です。
政策立案者が「ユーザー」へと変化する潮目
Business Insiderの報道によると、米国の連邦議会議員の多くがChatGPTなどの生成AIツールを個人的に利用し始めています。例えば、バージニア州選出のドン・ベイヤー下院議員のように、自ら最新技術に触れることで、その特性を理解しようとする動きが顕在化しています。
これまで、政治や行政の場におけるAIの議論は、ともすればSF映画のような「存亡のリスク」や、極端なディストピア論に偏りがちでした。しかし、法規制を担う当事者が実際にプロンプト(指示文)を入力し、AIからの回答における「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」や、要約の精度の高さを体験することは、議論の質を大きく変えます。抽象的な恐怖ではなく、具体的な機能に基づいた議論へとシフトし始めているのです。
日本企業における「経営層のAIリテラシー」という課題
この動きは、日本の企業組織においても極めて重要な示唆を与えています。日本企業では、現場のエンジニアや若手社員が生成AIの活用を熱望する一方で、セキュリティやコンプライアンスを懸念する経営層や管理部門が「全面禁止」や「極端な利用制限」をかけるケースが少なくありません。
もちろん、情報漏洩リスクへの対策は不可欠です。しかし、意思決定者がAIを一度も触ったことがないまま策定したガイドラインは、実務の実態と乖離し、結果として形骸化するか、あるいは「シャドーAI(会社に無断で個人アカウントのAIを業務利用すること)」を誘発するリスクすらあります。
「AIは何が得意で、何が苦手か」を理屈ではなく体験として知っている経営層がいる組織では、一律の禁止ではなく、「入力してよいデータ(公開情報など)」と「入力してはいけないデータ(個人情報や機密情報)」を明確に区分けする、現実的なデータガバナンスが構築されやすい傾向にあります。
「正解のない技術」を使いこなすための組織文化
日本の商習慣において、AI導入の障壁となりやすいのが「100%の正確性」を求める文化です。従来のITシステムであれば、入力に対して常に同じ結果が返ってくることが品質の証でした。しかし、確率的に次の単語を予測するLLM(大規模言語モデル)の性質上、一定の揺らぎや誤りは避けられません。
米国の政治家たちがツールを使い始めたように、日本の意思決定者もまずはサンドボックス(隔離された検証環境)でAIに対峙し、「この程度の精度なら、議事録の要約には使えるが、顧客への回答メールの自動送信には人のチェックが必須だ」といった肌感覚を持つ必要があります。この「人間が介在する(Human-in-the-loop)」プロセスの設計こそが、AI時代の実務において最も重要なスキルとなります。
日本企業のAI活用への示唆
グローバルの動向と国内の実情を踏まえ、日本企業のリーダーや実務責任者は以下の3点を意識すべきです。
1. 意思決定者自身のハンズオン体験
AIに関するルールを決める立場の人間こそ、ChatGPTやClaude、Copilotなどの主要ツールを日常的に触るべきです。リスクとメリットのバランス感覚は、報告書を読むだけでは養われません。
2. 「禁止」から「環境整備」への転換
セキュリティリスクを理由に利用を禁止するのではなく、Azure OpenAI ServiceやAWS Bedrockなどを活用し、入力データが学習に利用されないセキュアな社内環境を早期に提供することが、結果としてガバナンス強化につながります。
3. 加点主義的なユースケースの探索
「失敗(誤回答)が許されない業務」への適用から入るとプロジェクトは頓挫します。まずは社内向けの資料作成支援やアイデア出しなど、誤りが許容されやすく、かつ修正コストが低い領域から成功体験を積み上げることが重要です。
