生成AIの進化により、旅行予約などのタスクを代行する「AIエージェント」が新たな仲介者として台頭しつつあります。グローバルホテルチェーンがこの技術的変化に対し、AI技術そのものではなく「顧客ロイヤリティ」の強化で対抗しようとしている動向を分析し、日本の事業会社がとるべき戦略を考察します。
AIエージェント時代の新たな「仲介者」リスク
Financial Timesの記事によると、ヒルトンやマリオットといったグローバルホテルグループは、台頭するオンライン旅行代理店(OTA)や、今後普及が見込まれる「AIエージェント」への対抗策として、顧客ロイヤリティプログラム(会員制度)の強化に巨額の投資を行っています。これは、AIが単なる検索ツールから、ユーザーに代わって予約や購買を実行する「自律型エージェント」へと進化することを見越した防衛策といえます。
従来の検索エンジン最適化(SEO)の時代では、Google検索の上位に表示されることが重要でした。しかし、AIエージェントが普及すれば、ユーザーは「来週の東京出張、予算3万円以内でいい感じのホテルを取って」とAIに指示するだけで完結します。この時、AIがどの予約サイトを経由し、どのホテルを選ぶかの決定権を持つことになります。ホテル側としては、AIという新たな「強力な仲介者」に主導権を握られ、手数料構造が固定化したり、ブランドの個性が埋没したりするリスクがあります。
Booking.comなどのプラットフォーマーもAI武装
一方で、Booking Holdings(Booking.comの運営会社)などのOTA大手も手をこまねいているわけではありません。同社のCEOが述べるように、彼ら自身もAIツールを活用して「直接予約」を増やそうとしています。プラットフォーマーは膨大なユーザーデータと行動履歴をAIに学習させ、ユーザーにとって最適な提案を行うことで、AIエージェントとしての地位を確立しようとしています。
この構図は、ホテル(サービス提供者)対 OTA(プラットフォーマー)の戦いが、AIという技術レイヤーを介してより高度化していることを示しています。日本国内においても、楽天トラベルやじゃらんといった既存プラットフォームと、自社サイトへの集客を目指すホテル・旅館との間で同様の綱引きが存在しますが、ここに「AIによる自動提案・自動予約」という要素が加わることで、競争のルールが変わりつつあります。
「指名買い」されるためのロイヤリティ戦略
AIが論理的かつ効率的に最適解(価格や立地など)を導き出す世界において、サービス提供者が生き残る唯一の方法は、ユーザーに「AIに特定のブランドを指定させる」ことです。つまり、「東京のホテル」ではなく「いつものあのホテル」とAIに指示させるだけの強力なロイヤリティが必要になります。
日本の商習慣において「おもてなし」は強みですが、デジタル接点におけるロイヤリティ構築では遅れをとっている企業も少なくありません。アプリの使い勝手、パーソナライズされた特典、そして顧客データ基盤(CDP)の整備が必要です。グローバルホテルチェーンは、AIが模倣できない「体験価値」と、AIが処理しやすい「デジタル特典」の両輪で囲い込みを図っています。
日本企業のAI活用への示唆
今回のグローバルホテルの動向は、旅行業界に限らず、BtoCビジネスを展開するすべての日本企業にとって重要な示唆を含んでいます。
1. AIエージェントに「読まれる」ためのデータ整備
将来的にAIエージェントがユーザーの購買代行を行う際、自社のサービス情報(空室状況、価格、特徴など)がAIにとって読み取りやすい形式(構造化データやAPI)で公開されていなければ、そもそも選択肢に入らない可能性があります。レガシーシステムの刷新を含め、システムが外部のAIと対話できる準備を進める必要があります。
2. プラットフォーム依存からの脱却と「直接な繋がり」
AIが普及すると、プラットフォームの影響力がさらに強まる可能性があります。日本企業は、LINEや自社アプリなどを通じて顧客と直接つながり、サードパーティクッキーに依存しないファーストパーティデータを蓄積することが急務です。これは改正個人情報保護法などのガバナンス対応の観点からも重要であり、自社でコントロール可能な顧客接点を持つことがリスクヘッジになります。
3. 情緒的価値と効率化の使い分け
AIによる業務効率化(チャットボットによる問い合わせ対応など)はコスト削減のために必須ですが、それだけで差別化はできません。日本企業が得意とする「人間にしかできない気配り」などの情緒的価値を、デジタルのロイヤリティプログラムにどう組み込むかが鍵となります。AIには効率を、人間には感動を担わせる明確な役割分担が、AIエージェント時代に選ばれるブランドを作るでしょう。
