生成AIブームが一巡し、企業は「導入」から「定着とROI(投資対効果)」へと関心を移しています。本記事では、AIエージェントによる業務代行を推進するSalesforceと、堅牢なデータ基盤でAIを支えるOracleの動向をもとに、日本企業が直面する「実装の壁」をどう乗り越え、実務に落とし込むべきかを解説します。
「魔法」から「道具」へ:市場評価が示唆するAIの現在地
米国市場において、SalesforceやOracleといった伝統的なエンタープライズIT企業の株式評価が、AI専業のスタートアップやハードウェアメーカーとは異なる動きを見せています。元記事でも指摘されている通り、Salesforceの予想株価収益率(PER)が20倍程度で推移していることや、Oracleの株価変動は、投資家が「AIへの期待」だけでなく「既存事業とAIの融合による実益」を冷静に見定め始めていることを示唆しています。
これは日本企業にとっても重要なシグナルです。これまでの「とりあえず生成AIを導入してみる」というPoC(概念実証)フェーズは終わり、2026年に向けては「既存の業務システム(CRMやERP)の中で、いかに安定的かつ低コストでAIを稼働させるか」が焦点となります。ベンダーの株価動向は、技術の成熟度と市場の期待値のバロメーターであり、これら大手2社の戦略は、日本の実務者が進むべき方向性を具体的に示しています。
Salesforce「Agentforce」に見る、チャットボットからの脱却
Salesforceが強力に推進している「Agentforce」は、従来の「人がAIに質問して答えを得る(Copilot型)」から、「AIが自律的にタスクを完了する(Agent型)」へのシフトを象徴しています。これは、AIが単なる相談相手ではなく、CRM内のデータを参照し、顧客へのメール送信や商談ステータスの更新といった具体的なアクションを代行することを意味します。
労働人口の減少が深刻な日本において、この「自律型エージェント」への期待は極めて大きいです。しかし、実務への適用にはリスクも伴います。AIが誤った判断で顧客に連絡してしまう「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスクです。Salesforceのアプローチは、AIの動作範囲を信頼できるCRMデータと定義されたワークフロー内に限定することで、このガバナンス課題に応えようとしています。日本企業がAIを顧客接点に導入する際は、こうした「ガードレール(安全策)」機能が実装されているかが選定の鍵となります。
Oracleが握る「データ主権」とハイブリッドAIの重要性
一方、Oracleの強みは、AIモデルそのものではなく、AIが参照すべき「企業データの保管場所」を握っている点にあります。生成AI活用において、企業固有のデータを安全に回答に反映させるRAG(検索拡張生成)という技術が標準になりつつありますが、これには高性能なデータベースが不可欠です。
日本企業、特に金融機関や公共セクター、製造業においては、「データ主権(データを国内や自社の管理下に置くこと)」が非常に重視されます。Oracleはクラウドだけでなく、オンプレミスに近い環境でもAI機能を使えるハイブリッドな選択肢を提供しており、これが日本の厳格なコンプライアンス要件と合致します。データを外部のLLM(大規模言語モデル)学習に使わせない、あるいは機密情報を自社専用リージョンから出さないというアーキテクチャは、セキュリティを最優先する日本企業のAI戦略において、現実的な解となります。
日本企業のAI活用への示唆
SalesforceとOracleの戦略は、それぞれ「アプリケーション層(エージェント)」と「インフラ層(データ基盤)」におけるAIの実用化を表しています。これらを踏まえ、日本の意思決定者やエンジニアは以下の3点を意識すべきです。
1. 「対話」から「代行」へのロードマップを描く
チャットボットの導入で満足せず、定型業務をAIエージェントに任せる「省人化」を目指してください。ただし、丸投げは避け、人間が最終確認を行う「Human-in-the-loop」のプロセスを業務フローに組み込むことが、品質と信頼を守る日本の商習慣には不可欠です。
2. データガバナンスをAI戦略の起点にする
AIの精度はデータの質と鮮度に依存します。Oracleのようなデータベースベンダーのアプローチを参考に、データがどこにあり、どうAIに供給されるかを整理してください。特に個人情報保護法や著作権法への対応として、学習データに利用されない環境構築は必須要件です。
3. 既存ベンダーのAI機能を使い倒す
独自にLLMを開発・ホスティングするのはコストとリスクが高すぎます。SalesforceやOracleのように、すでに社内で利用しているプラットフォームに組み込まれたAI機能を活用することが、セキュリティ評価の工数を削減し、最も早くROIを出す近道です。2026年に向けては、新たなツールを買うのではなく、既存ツールのAI化に投資を集中させるのが賢明な判断と言えるでしょう。
