汎用的な生成AIモデルに高度な専門知識を求めることの限界が、ある海外の事例で浮き彫りになりました。本稿では、GoogleのGeminiに投資ポートフォリオの作成を求めた際の「期待外れ」な結果を起点に、金融などの規制産業や専門領域において日本企業がAIを導入する際の現実的なアプローチと、リスク管理の要諦について解説します。
汎用AIは「専門家」の代わりにはなれない
英国のYahoo Financeが報じた記事によると、ある投資家がGoogleの生成AI「Gemini」に対し、「完璧なパッシブインカム(不労所得)のポートフォリオ」の作成を依頼しました。しかし、返ってきた答えは分散投資や配当株の推奨といった、教科書的で当たり障りのない一般論に終始し、具体的な銘柄選定や配分比率といった投資家が真に求める「解」は得られなかったといいます。
この事例は、決してGeminiの性能不足を示しているわけではありません。むしろ、現在の大規模言語モデル(LLM)の設計思想と限界を正確に表しています。汎用的なLLMは、インターネット上の膨大なテキストデータを学習していますが、個別の金融アドバイスを行うために最適化されているわけではありません。さらに、誤った情報(ハルシネーション)による金銭的損害のリスクを避けるため、大手ベンダーのモデルには金融や医療といったセンシティブな領域での回答を抑制する「ガードレール(安全装置)」が強力に設定されています。
専門領域における「知識の深さ」と「責任」の壁
企業が自社サービスや社内業務に生成AIを組み込む際、この「汎用モデルの浅さ」は大きな課題となります。特に金融、法務、医療といった高い専門性が求められる分野では、単に流暢な文章が生成されるだけでは不十分であり、事実の正確性と論理の厳密性が不可欠です。
また、LLMは確率的に「もっともらしい次の単語」を予測しているに過ぎず、背後に論理的な思考や市場分析のアルゴリズムを持っているわけではありません。そのため、最新の市場動向や、顧客個人のリスク許容度、資産状況といった動的かつ固有のコンテキスト(文脈)を無視した回答になりがちです。
日本企業が直面する規制と商習慣の壁
この課題を日本国内の文脈に置き換えてみましょう。日本には金融商品取引法(金商法)をはじめとする厳しい規制が存在します。AIが具体的な投資助言を行った場合、それが「投資助言・代理業」に該当する可能性があり、無登録での提供は違法となるリスクがあります。
また、日本の商習慣や組織文化において、企業は「信頼」を何よりも重視します。AIが一度でも誤ったアドバイスや不適切な回答を行えば、長年培ったブランド毀損に直結しかねません。したがって、日本企業が専門領域でAIを活用する場合、汎用モデルをそのままチャットボットとして顧客に開放することは、リスク管理の観点から極めて慎重になるべきです。
RAGと「Human-in-the-loop」による解決策
では、企業はどのように対応すべきでしょうか。一つの解は、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)の活用です。これは、AIに回答させる際に、あらかじめ信頼できる社内データベースや最新のニュースソースを検索させ、その情報を根拠として回答を生成させる技術です。これにより、AIの回答を事実に基づいたものに制御しやすくなります。
もう一つは、Human-in-the-loop(人間が介在するプロセス)の徹底です。AIを「自律したアドバイザー」としてではなく、あくまで人間の専門家を支援する「副操縦士(Co-pilot)」として位置づけるアプローチです。例えば、顧客への提案書の素案をAIに作らせ、最終的な判断と責任は人間の担当者が持つという形であれば、品質とコンプライアンスを担保しつつ業務効率化を図ることが可能です。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例と技術動向を踏まえ、日本のビジネスリーダーや実務者が意識すべきポイントは以下の通りです。
- 「汎用」と「特化」の使い分け: OpenAIやGoogleが提供する汎用モデルは、あくまで「基盤」です。自社の専門業務に使うには、RAGによる社内知識の注入や、特定タスク向けのファインチューニング(追加学習)が必須であると認識してください。
- 法規制とガバナンスの先行検討: 特に金融、医療、インフラなどの領域では、技術検証(PoC)の段階から法務・コンプライアンス部門を巻き込む必要があります。AIが生成した内容に対する責任の所在を明確にしておくことが重要です。
- 過度な期待値の調整: 「AIに聞けば正解が出る」という誤解を社内や顧客に持たせないようにする必要があります。AIは「情報の整理・要約・ドラフト作成」には極めて優秀ですが、「意思決定」や「未来予測」には依然としてリスクが伴います。
- まずは社内活用から: リスクの高い対顧客サービス(BtoC)へいきなり導入するのではなく、まずは社内のリサーチ業務やドキュメント作成支援など、BtoE(Employee)領域でナレッジを蓄積し、安全性を確認してから外部展開するステップが賢明です。
