イタリアの競争・市場保護委員会(AGCM)が、Meta社に対しWhatsApp上での競合AIチャットボット排除につながる利用規約の停止を命じました。この動きは、巨大プラットフォーマーによる「AIエコシステムの囲い込み」に対する規制当局の厳しい姿勢を示唆しています。本事例を端緒に、プラットフォーム依存のリスクと、日本企業がとるべきAIサービス開発・導入のスタンスについて解説します。
欧州で強まるプラットフォーマーへの監視とAIの公平性
イタリアの反トラスト当局(AGCM)による今回の措置は、単なる一企業の利用規約変更への介入にとどまらず、AI時代における「プラットフォームとアプリケーションの公正な競争」を巡る象徴的な事例と言えます。報道によれば、WhatsAppという圧倒的なシェアを持つメッセージングアプリ上で、Meta社以外の第三者が開発したAIチャットボットの活動を制限する条項に対し、待ったがかけられました。
生成AIの普及に伴い、ユーザーインターフェース(UI)は従来の「GUI(ボタンやメニュー)」から「CUI(チャット形式)」へと移行しつつあります。この変化の中で、チャットアプリなどのメッセージング・プラットフォームは、AIサービスがユーザーにリーチするための極めて重要な「インフラ」となります。もしプラットフォーマーが自社のAIモデルを優遇し、競合他社のAIを排除すれば、健全な競争環境が損なわれる──これが規制当局の懸念です。
「スーパーアプリ」戦略とベンダーロックインのリスク
この問題は、日本企業にとっても対岸の火事ではありません。日本国内ではLINEが圧倒的なシェアを持つほか、ビジネス現場ではSlackやMicrosoft Teamsが日常的なコミュニケーション基盤として定着しています。多くの日本企業が、これらプラットフォーム上で動作する「業務効率化bot」や「顧客対応AI」を開発・導入しています。
しかし、今回のMetaの事例が示唆するのは、プラットフォーム側のさじ加減一つで、サードパーティ製AIのビジネスモデルが根底から揺らぐリスク(プラットフォーム・リスク)です。例えば、プラットフォーマーが自社製の高機能なAIアシスタントを標準実装し、競合するサードパーティ製ツールのAPI利用を制限したり、利用料を引き上げたりする可能性は常に排除できません。
日本の公正取引委員会も、デジタルプラットフォームにおける競争環境の整備には高い関心を持っており、モバイルOSやアプリストアの独占禁止法上の課題について積極的に調査を行っています。今後、AIサービスのレイヤーにおいても同様の監視強化が進むと考えられます。
日本企業のAI活用への示唆
今回のイタリア当局の判断とグローバルな潮流を踏まえ、日本企業がAI開発や導入を進める上で意識すべきポイントは以下の通りです。
1. プラットフォーム依存度の分散(マルチチャネル戦略)
特定のメッセージングアプリやプラットフォームに過度に依存したAIサービス設計はリスクを伴います。BtoCサービスであれば、LINEだけでなくWebチャットや自社アプリへの組み込みを並行して進める、BtoBであればSlackとTeams双方に対応するなど、顧客との接点を多重化し、プラットフォーム側の規約変更による影響を最小化する設計(アーキテクチャ)が求められます。
2. 利用規約とデータガバナンスの継続的な監視
AIプロダクトの担当者や法務部門は、利用しているプラットフォームの利用規約(ToS)の改定を常に監視する必要があります。特に「他社AIサービスの排除」や「データの自社AI学習への流用」に関する条項が追加されていないか注意が必要です。また、契約時にはベンダーロックインを防ぐため、データのポータビリティ(持ち運び可能性)を確保しておくことが重要です。
3. 「自社ドメイン」での価値創出
プラットフォーム上で動く「いち機能」としてのAIではなく、自社が保有する独自データや、日本特有の商習慣に最適化されたワークフローなど、プラットフォーム側が容易に模倣できない領域で付加価値を築くことが、生存戦略としてより重要になります。規制当局が競争環境を守ろうとしても、技術的な優位性や利便性でプラットフォーマーの純正機能が勝るケースは多々あるため、独自の「Moat(競合優位の堀)」を築く意識が不可欠です。
