イタリアの競争規制当局がMetaに対し、WhatsApp上での競合AIチャットボット排除を停止するよう命じました。このニュースは、プラットフォーム上でAIサービスを展開する企業にとって「他人の庭でビジネスをするリスク」を再認識させるものです。日本国内でLINEや大手プラットフォームを活用してAIサービスを提供する企業が直面しうる課題と、とるべきリスク管理について解説します。
イタリア当局がMetaに突きつけた「公正な競争」の要求
2024年12月、イタリアの競争・市場保護委員会(AGCM)は、Metaに対し、同社のメッセージングアプリ「WhatsApp」上での競合AIチャットボットの利用を阻害するポリシーの執行を停止するよう命じました。報道によれば、Metaは「ChatGPT」や「Claude」といった汎用的なAIチャットボットがWhatsAppのAPIを利用することを制限しようとしていました。
重要なのは、すべてのAIボットが排除されたわけではないという点です。小売業者が顧客対応のために構築した「特定の業務特化型AIボット」などは制限の対象外とされています。つまり、Metaは自社のAIアシスタントと直接競合しうる「汎用的な対話型AI」のみをプラットフォームから排除しようとしたと見なされており、これが支配的地位の乱用にあたる可能性が指摘されたのです。
「プラットフォームの庭」でビジネスをするリスク
この事例は、対岸の火事ではありません。AIプロダクト開発において、巨大テック企業が提供するプラットフォーム(メッセージングアプリ、アプリストア、クラウド基盤など)への依存は避けられないのが現状です。しかし、プラットフォーマーは自社のAI戦略に合わせて、APIの利用規約やポリシーを突然変更する権限を持っています。
特に生成AIの分野では、プラットフォーマー自身が強力なAIモデルやチャットボット(例:Meta AI、Google Gemini、OpenAIのChatGPTなど)を開発・提供しています。サードパーティ企業がプラットフォーム上で提供するサービスが、プラットフォーマー自身のコア事業と競合する場合、今回のように「締め出し」や「機能制限」を受けるリスクは常に潜在しています。
日本市場におけるLINE活用とAIガバナンス
日本国内に目を向けると、同様の構図はLINE(LINEヤフー)の活用においても見受けられます。多くの日本企業が、顧客接点として圧倒的なシェアを持つLINE上で、生成AIを活用したチャットボットや対話型サービスを展開しています。
現時点ではAPIは開放されていますが、仮にプラットフォーマー側が「公式の汎用AIアシスタント」を強力に推進し始めた場合、サードパーティ製の汎用チャットボットに対して何らかの制約を課す可能性はゼロではありません。企業が「ChatGPTのラッパー(OpenAIのAPIをただ組み込んだだけのサービス)」のような付加価値の低いプロダクトを他社プラットフォーム上で展開している場合、その事業存続リスクは極めて高いと言えます。
独自データとUXによる「不可欠性」の確保
規制当局による監視(日本では公正取引委員会によるスマホソフトウェア競争促進法の運用など)は強化されていますが、法的な解決には時間がかかります。企業は、法規制による保護を期待するだけでなく、自衛策としてのプロダクト戦略が必要です。
具体的には、単に「AIと会話できる」だけの機能ではなく、自社独自のデータベース、在庫システム、予約システムと深く連携した「業務特化型」のソリューションに昇華させることが重要です。冒頭の事例でも、小売業者のカスタマーサポートAIは制限の対象外でした。プラットフォーマーが提供できない「独自の業務価値」や「固有データ」を持つサービスであれば、排除されるリスクは低減し、むしろプラットフォームのエコシステムにとって必要な存在となり得ます。
日本企業のAI活用への示唆
今回のMetaの事例から、日本のAI活用担当者が学ぶべき要点は以下の通りです。
1. プラットフォーム分散によるリスクヘッジ
LINEや特定のSNSのみに依存したサービス設計は、規約変更による事業停止リスク(プラットフォームリスク)を伴います。Webアプリや自社アプリなど、直接的な顧客接点も並行して維持・強化するマルチチャネル戦略が、BCP(事業継続計画)の観点から重要です。
2. 「ラッパー」からの脱却と独自性の追求
汎用LLM(大規模言語モデル)をそのまま提供するだけのサービスは、プラットフォーマー純正機能と競合しやすく、淘汰される運命にあります。日本独自の商習慣や、自社のみが保有するデータ、社内ワークフローとの密な統合など、汎用AIには模倣できない「ラストワンマイル」の価値を作り込むことが最大の防御策です。
3. 規制動向と利用規約の常時モニタリング
欧州のAI法やデジタル市場法(DMA)だけでなく、日本の公正取引委員会の動向や、各プラットフォームのAPI利用規約の改定には常にアンテナを張る必要があります。特に「競合サービスの禁止」条項が追加された際は、即座に対応策を検討できる体制を整えておくべきです。
