24 1月 2026, 土

フィリピンの暗号資産交換業者ブロック事例に学ぶ、AIガバナンスと「デジタル主権」の重要性

フィリピン政府がCoinbaseやGeminiといった大手暗号資産プラットフォームへのアクセス遮断を命じた事例は、単なる金融規制の枠を超え、グローバルなデジタルサービスに対する国家の「主権行使」の強化を示唆しています。本稿では、この動きをAI業界への重要な教訓と捉え、日本企業が外部の生成AIサービスを利用する際に意識すべきガバナンスリスクと、持続可能なAI活用のための戦略について解説します。

グローバルプラットフォームへの規制強化が示すもの

フィリピン証券取引委員会(SEC)が、国内ライセンスを持たないCoinbaseやGemini(ここではWinklevoss兄弟が設立した暗号資産取引所を指します)へのアクセスをブロックするようISPに命じたというニュースは、デジタルサービスにおける「国境」の存在を改めて浮き彫りにしました。これまでインターネット上のサービスは、物理的な拠点がなくとも世界中で利用できることが強みでしたが、各国の規制当局はその「無法地帯」的な拡大に対し、明確な法的遵守(コンプライアンス)を求め始めています。

この動きは、現在急速に普及している生成AI(GenAI)の分野とも無関係ではありません。AI業界においても、開発企業は主に米国に集中しており、サービスはボーダレスに提供されています。しかし、フィリピンの事例が示すように、ひとたび「現地の法規制に適合していない」と判断されれば、サービスへのアクセスそのものが遮断されるリスクが存在します。これは、特定の海外プラットフォームに深く依存したビジネスモデルを持つ企業にとって、無視できないBCP(事業継続計画)上のリスク要因となります。

AIにおける「データ主権」と規制の波

現在、欧州の「AI法(EU AI Act)」を筆頭に、世界各国でAIに対する規制議論が加速しています。ここでの主要な論点は、AIモデルの安全性だけでなく、「データ主権(Data Sovereignty)」の問題です。すなわち、自国民のデータや企業の機密情報が、国外のサーバーで処理・保存されることへの懸念です。

日本企業がChatGPTやGoogle Gemini(こちらはGoogleのAIモデル)、Claudeなどの海外製LLM(大規模言語モデル)を業務活用する場合、以下のリスクを考慮する必要があります。

  • 法規制の不確実性:サービス提供元の国(主に米国)や、利用する国(日本)の規制変更により、突然サービス仕様が変わったり、利用制限がかかったりする可能性。
  • データの越境移転:日本の個人情報保護法や各業界のガイドラインに抵触せずに、顧客データを海外サーバーへ送信できるかという法的・コンプライアンス上の課題。
  • ベンダーロックイン:特定の海外プラットフォームに過度に依存することで、価格改定やサービス停止時の交渉力が低下するリスク。

日本企業が採るべき「ハイブリッド」なAI戦略

こうした地政学的・規制的リスクに対応しつつ、AIの恩恵を最大限に享受するために、日本企業は「ハイブリッド」な戦略を持つことが推奨されます。

まず、汎用的な業務やクリエイティブなタスクには、性能が突出している海外の最先端モデル(GPT-4など)を活用しつつ、契約形態をエンタープライズ版にするなどしてデータの学習利用を防ぐ措置を講じることが基本です。一方で、機密性の高い顧客データや、独自のノウハウを扱う業務においては、国内ベンダーが提供するLLMや、自社専用環境(VPCやオンプレミス)で動作するオープンソースモデルの活用を検討すべきです。

最近では、NTTやソフトバンク、NECなどを筆頭に、日本語処理に特化した国産LLMの開発も進んでいます。これらは「経済安全保障」の観点からも重要であり、海外サービスが利用できなくなった場合のバックアップ、あるいは高セキュリティ環境でのメインエンジンとして機能し得ます。

日本企業のAI活用への示唆

フィリピンでの暗号資産サービス遮断のニュースは、デジタル領域においても「コンプライアンス欠如は事業停止に直結する」という現実を突きつけました。日本企業におけるAI活用の要点は以下の通りです。

  • 依存先の分散:単一の海外AIモデルに依存せず、複数のモデルを切り替えられるアーキテクチャ(LLM Gatewayなど)を導入し、リスクを分散する。
  • 法務と技術の連携:AI導入はエンジニア部門だけでなく、法務・コンプライアンス部門と連携し、個人情報保護法や著作権法、および各国の規制動向をモニタリングする体制を作る。
  • データの格付けと使い分け:社内データを機密レベルで分類し、「外部AIに投げて良いデータ」と「国内/自社環境で処理すべきデータ」を明確に区分するガイドラインを策定する。

AIは強力な武器ですが、その基盤が他国のプラットフォームにある以上、常に外部環境の変化にさらされています。利便性とリスクのバランスを見極め、主体的にAIをコントロールする姿勢こそが、これからの日本企業に求められています。

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