The Atlanticの記事『ChatGPT Needs More Cowbell』は、AIが広告における「ジングル(短い楽曲)」制作に苦戦している現状を指摘しています。論理的な文章生成やコーディングが得意な一方で、なぜAIは「キャッチーな」表現を苦手とするのか。その背景にある技術的な理由と、日本企業がクリエイティブ領域でAIを活用する際の法的・実務的ポイントを解説します。
AIに「遊び心」は実装できるか
米国The Atlanticの記事は、「ChatGPT Needs More Cowbell(ChatGPTにはもっとカウベルが必要だ)」というタイトルで、AIによるジングル制作の限界を論じています。ここで言う「カウベル」とは、有名なコメディ番組のスケッチに由来する表現で、楽曲における「人間味」や「独特のアクセント」、あるいは「論理を超えた魅力」を指すメタファーです。
SunoやUdioといった音楽生成AI、そしてChatGPTのようなLLM(大規模言語モデル)は、技術的に驚異的な進化を遂げています。しかし、広告におけるジングル制作においては、「韻を踏んだ歌詞」や「それらしいメロディ」を作ることはできても、消費者の耳に残り、購買意欲を掻き立てるような「フック(ひっかかり)」を作るのに苦戦しています。
これは、現在の生成AIが「確率論」に基づいて答えを出力していることに起因します。AIは膨大なデータの中から「最も確からしい」パターンを出力することに長けていますが、優れた広告クリエイティブはしばしば「定石を外す」ことや「意外性」によって人の心を動かします。AIが生成する「平均点の高い」出力は、結果として「どこかで聞いたことのある、毒にも薬にもならない」コンテンツになりがちです。
ハイコンテクストな日本市場における課題
この課題は、日本国内でのビジネス活用においてより顕著になります。日本の商習慣や広告表現は、世界的に見ても極めてハイコンテクストです。「空気を読む」「行間を読む」といった文化や、日本語特有の言葉遊び、季節感の繊細な表現などは、グローバルなデータセットで学習されたモデルが最も苦手とする領域の一つです。
例えば、日本の消費者に響くキャッチコピーやジングルをAIに作らせようとした場合、文法的に正しい日本語は生成されますが、日本人の感性に訴えかける「情緒」や、企業ブランド独自の「らしさ」が欠落するケースが多々あります。これをそのままプロダクトやマーケティングに適用すれば、ブランドイメージの希薄化を招くリスクがあります。
著作権リスクとコンプライアンス
実務的な観点では、権利関係のリスク管理も重要です。日本国内の著作権法(特に第30条の4)は、AI学習のためのデータ利用には柔軟ですが、生成物の利用に関しては依然として慎重な判断が求められます。
AIが生成したジングルやキャッチコピーが、既存の有名な楽曲やフレーズに酷似していた場合(依拠性と類似性が認められる場合)、著作権侵害のリスクが生じます。特に「〇〇風の曲を作って」というプロンプトで生成されたコンテンツを商用利用することは、コンプライアンス上、非常に危険です。企業としては、生成AIを「最終成果物の作成者」としてではなく、「アイデア出しのパートナー」として位置づけ、最終的な権利確認とブラッシュアップは人間が行うプロセス(Human-in-the-Loop)を必須とすべきです。
日本企業のAI活用への示唆
以上の議論を踏まえ、日本の企業・組織がクリエイティブ領域や顧客接点でAIを活用する際の要点を整理します。
- 「平均点」からの脱却を目指す使い分け
定型業務やドラフト作成(メール、議事録、コード生成)においてAIは「平均点の高さ」と「速度」で圧倒的な効率化をもたらします。一方で、ブランディングやジングル制作のような「突き抜けた個性」が必要な領域では、AIはあくまで「案出し」のツールと割り切り、最終的な意思決定と仕上げには人間の専門性を介入させてください。 - ハイコンテクスト文化への適応
海外製モデルをそのまま使うのではなく、自社の過去のクリエイティブデータや、日本特有の商習慣を学習(ファインチューニング)させたモデルの検討、あるいはRAG(検索拡張生成)による文脈情報の補完が有効です。これにより「日本企業らしい」あるいは「自社らしい」出力を得やすくなります。 - ガバナンス体制の構築
AI生成物を外部に公開する際は、必ず著作権チェックやブランド毀損リスクの確認フローを挟むことをルール化してください。「AIが作ったから責任はない」という論理は通用しません。AIのリスクと限界を理解した上で、責任の所在を明確にするガバナンスが求められます。
